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【読書】2024年4月に読んだ本

今年も新卒新入社員が入ってきました。上司は部下に育てられるものですので、今年も精一杯(私自身を)育てていただきます。毎年ありがとうございます。
ヘイシャは社史の編纂を検討することになったため、歴史の語り方に関する本が読みたくなり、4月は以下の2冊を読んでいました。


恒木健太郎、左近幸村 編『歴史学の縁取り方 ─フレームワークの史学史』(東京大学出版会)

第7章「読者に届かない歴史」で著者(小野塚知二)は「読者の史観を無視・軽視する歴史研究者は、おのれの史観についても無頓着だろう」と述べ(p241 )、歴史研究家自身が無意識に採用している史観(フレームワーク、先験的な価値観)を反省する必要がある、と説きます。何のために? それは「読者(に代表される現代の社会)が過去と対話するための手がかりとして、歴史研究者は歴史を書く」ためです(p260)。歴史学は、読者の心の中に歴史像が再構成されることによって達成されます。それは他の史観を知ることで促進されます。

この達成を支援するため、本書では、戦後日本で成立した複数の経済学史フレームワークについて、成立の経緯、相互の影響、変遷などを瞥見できる構成をとっています。大塚久雄、山田盛太郎、高橋幸八郎ら歴史研究者たちの学説の成り立ちと影響を目の前で目撃できるような、歴史おじさんが喜ぶテーマパークです。文化理論と歴史学のせめぎあいを描いた第二章「「転回」以降の歴史学 ─新実証主義と実践性の復権」(長谷川貴彦)と、比較経済史学が戦後社会科学の女王に昇り詰める様子を垣間見れる第四章「経済史学と憲法学 ─協同・忘却・想起」(阪本尚文)を特に面白く読みました。私も歴史おじさんなので。

歴史学もまた─生物学や物理学と同じように─、どのような出来事を事実として認定するか、そしてどうやってその認定を主張するかという、実在論としての活動に他ならないと感じました。自身が特定のスタンスに与していることを自覚しながら自説を述べるべし、というのはどの分野の方にも共通した心構えだと思っていましたが、「読者の史観を想定しながら述べるべし」というのはビジネスマン向けのプレゼン指南本みたいで興味深かったです。


久保文克、島津淳子『産業経営史シリーズ9 食品産業』(日本経済史研究所)

ドチャクソ面白かったです。これは11巻『金融業』とかも読まなければならないかも。

食品産業史というのはビタミンを発見した〇〇博士が、とか旨味成分を発見した〇〇博士が、という偉人伝になりがちなのですが─現に本書にも一部そういう記述はありますが─、本書の面白さは、国際的な統制と産業界との相互作用が、生産高やシェアなどの数字も交えて生々しく描かれている点にあります。戦前、戦後、高度成長期、そして2000年前後に至るまでの製糖業と製粉業の勃興盛衰が描かれ、さらに、それらの会社が戦後にもたらした砂糖と小麦粉の普及を背景に興る製菓業(チョコレート、スナック菓子)と製麺業が描かれます。また、製糖各社、製粉各社の分社や合併について、その思惑や帰結も含め丹念に記述されています。関係史として大変な良著でした。

本書にはあまり描かれていませんが、これらの会社には無数の従業員がいて、一人ひとりが会社の意思決定を支え、社業の発展のために労働したのでしょう。それを描くのは、いわばプロソポグラフィとしての「社史」が担当すべき範囲なのかもしれません。


偉人伝から見る産業史としては稲盛和夫や松下幸之助が有名ですが、そこに統制や国策が絡まって最高に面白い読み物になっているのは電力会社史ですね。「電力の鬼」松永安左エ門の生涯を主軸に電力という国策産業を描いた大谷健『興亡 ─電力をめぐる政治と経済』(吉田書店)をお勧めします。

そういう点では製薬産業史もまた偉人伝と統制国策が絡まり、さらに科学技術史とレギュラトリーサイエンス史が流れ込む一大叙事詩になるはずなのですが、不思議と面白く読めた記憶がありません。それは、製薬産業史研究者たちがわたしたち読者の史観をとらえ損ねているからなのでしょうか。COVID-19ワクチン製剤学史もそろそろ描かれるでしょうし、製薬産業における産業史担当の方々には猛省を促したいところです。



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