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【読書】2024年9月に読んだ本

飲まない日はないと言えるくらい酒が大好きな私ですが、プチ禁酒することにしました。特に理由はありません。理由なく習慣を変更してみようと思っただけです。毎週火曜日と木曜日は禁酒デーです。夕食後は、雨が降っていなければ時速約7kmでウォーキングを30分します。
酒という刺激物の代わりとして、台湾茶や烏龍茶を調べて茶葉を買い、かわいらしい急須と茶器も買い、お茶を飲むようにしました。戴雲山東方美人や安渓鉄観音などです。

9月は以下の本を読んでいました。(写真はSenya Mitin氏によるもの)


J.L.ボルヘス(鼓直訳)『詩という仕事について』(岩波文庫)

この連続講義でボルヘスは詩の道具立てについて説明しています。6回分の講義にはそれぞれに「翻訳」や「隠喩」などテーマが設定されていますが、一段落ごとに話があちこちに飛び、またそのものずばりの言い方をしないので、本当に言いたかったことはこれらのテーマではないんだろうと思います。ボルヘスは、詩の材料と文芸の歴史の2つの側面から説明します。

詩の材料は何でしょうか。言語でしょうか。違います。ボルヘスは、言語は感情や言説の伝達のためにあるのではなく、音楽であり情熱であると言いながら(p144)、詩は感情だけで十分であると述べます(p152)。また、肝心なのは詩行の背後に隠れているものだと仄めかし(p158)、それは自分自身の想像力だと明かします(p162)。著者にとって言葉は共有する記憶を表す記号で(p166)、ものを書くという営みは読者との一種の共同作業ですが(p169)、共有される相手方たる読者を架空の存在だとみなします(p166)。詩が意味をもつ必要はありません(p119)。

文芸の歴史には、古英語や、単語の語源を踏まえた意味の変遷のほかに、古代の詩の慣用句が含まれます。なぜこれらが詩の材料なのかというと、詩の表現に関わる隠喩や暗示を構成するからです。17世紀においては「40の」が「多くの」の意味で使用されていたことや、ヘブライ人は最上級(もっとも大きな、など)の単語を持たないので「王の中の王」や「夜の中の夜」を使用していたことを挙げ(p96)、翻訳の過程で歴史的な背景が忘れられて定着した表現が多数あることを指摘します。
また、ボルヘスは、大昔には物語(散文)と詩を口ずさむこと(韻文)は同一視されていたと述べ(p75)、詩行の営みの歴史についても言及します。

ボルヘスは想像力と文芸の歴史とのどちらを重んじているかこの講義で明確には述べていないように見えますが、前者を重視していたのではないでしょうか。文芸の歴史を帯びた単語の語感や響きを、自分自身の想像力によって超えていくことに、詩行の美を見ていたと想像します。ハロルド・ブルームも同じようなことを言っていたように思います。

T.S.エリオットは、詩に用いられた単語の伝統的で歴史的な意味の重なりを重んじていたと言われています。反面、ボルヘスは、詩に用いられた単語が自身の想像力をどのように掻き立てたか、それを書き残すことを重んじていたのだと理解しました。


佐藤健二『論文の書きかた』(ちくま学芸文庫)

佐藤もまた読者を「現実的な他者ではなく、想像された虚構の公共的な読者」だと述べます(p26)。ただし、詩ではなく論文の話ですが。そして佐藤もまた「想像力」を重んじて文章を書くよう説きます。ただし、詩行の想像力ではなく社会学的想像力のことですが。

社会学的想像力! 20余年前に初めてその単語を目にしたときは、いったい何のことを言っているのかちっとも分かりませんでしたが、社会学的想像力をどうやって産生するか、その手法が本書で説明され、ようやく理解できてきました。社会学的想像力がうまく産生され、論文として適正に書き記されれば、「自分をして考えさせる力、思考の動きを生みだす力は、じつは他人をも考えさせる力」(p288)が得られるのだと理解しました。なぜ社会学者はその力を求めるのか。それは、この力が「状況に依存し現況を維持するような特質を切断し、打ちやぶる変革力」(p33)を備えるからです。

ボルヘスにとって言葉は共有する記憶を表す記号でしかありませんでしたが、佐藤にとっては言葉は「社会に拡張された身体」であります(p46)。しかし、その交流は意思の伝達や合意の調達だけを生み出すものではない(p46)、とする点では、両者は同じ立場のようです。

ポピュラー哲学では、哲学は問いをつくる手段だと説かれがちです。ビジネス書でも「イシューからはじめよ」など問いを立てる重要性がよく説かれます。本書は、たまたま社会学の論文という限定された様式を前提にしていますが、なんらかの言語的展開(プラパンチャ(prapañca))を扱うときに必ず現れる謎や「わからなさ」の描き方と後始末の仕方について、ごく一般化された説明を与えていると思います。とても良い御本でした。



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