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書店員が成瀬を推す理由 「成瀬は天下を取りにいく」 感想

本屋大賞を受賞し、今年はどこの本屋でも平積みされていた本。『成瀬は天下を取りにいく』をようやく読了した。

「最高の主人公」と称される成瀬が繰り出す本作品の魅力はなにか。そこまで言われる主人公とはどんなキャラなのか。そして、なぜこの作品が本屋大賞を受賞したのか。そんなことを書いていきたいと思う。


キャラの魅力を楽しむ小説

まさにタイトル通り、この小説は成瀬という高校生の痛快なキャラを描く小説だった。

ストーリー自体に大きな起伏があるわけではない。近所の百貨店が潰れる前に、夏休みに毎日そこを訪れたりとか、同級生とお笑いコンビを組んでM-1を目指したりとか。その程度のストーリーライン。そこを楽しむ小説ではないのだ。

なぜ、成瀬という少女はそんな行動をしようとしたのか。斬新な彼女の考えや反応を、逐一楽しむ小説と言える。


とにかく、「成瀬」というキャラが魅力的なので、彼女がいるだけでおもしろい。実際、本編の中で1篇だけ、彼女がちょい役としか出てこない話があるのだが、自分の中でイマイチな評価だった。如実に満足感が違う。

やっぱり、エンタメにおいて一番大事なのはキャラクターだなと再認識させられた。おもしろいキャラが一人いるだけで、物語は魅力的になる。


令和的な超人キャラ

では、なぜ成瀬という少女にこんなにも惹かれるのか。自分なりに考えてみた。

自分の少ないボキャブラリーで彼女を表すなら、「超人」ということばになる。これはスーパーヒーローのような肉体的な超人ではなく、意志の強さを表す意味での「超人」だ。

成瀬は、自分の中での「これが正しい」という価値観を持っていて、それを強い意志で実行する。そこに、迷いやためらいはない。そんな彼女の姿勢に、読者は憧れ、惹かれる。

彼女は周りの目を気にせず、ひたすらに自分の中の価値観を大事にしている。社会的にみたらどう評価されるか、周りの人がどういう印象を受けるか。そんなことよりも、自分のやりたいこと、正しいと思うことを率直に実行する。例え、奇抜な行動で孤立したとしても、彼女は全く気にしない。

それでいて、社会性を持って行動できる頭のよさもある。ものすごく絶妙なキャラ設定というか、そりゃこんな人間を嫌いになるヤツはいないだろうなという設定だ。完璧超人すぎて、苦手な人はいるかもしれないが。


そして、彼女のことを多くの人が好きになれるのは、その「正しさ」を押し付けてはこないからだと思う。「提案」をすることがあっても、それを無理くり強制はしない。

このあたりの「距離感」が、令和のキャラだということを実感させられる。昔の超人キャラは、それこそ各キャラの正しさを他人に強要していた。そういう物語が多かった。

スーパーマンが悪を倒す。名探偵が犯人を追い詰める。そうやって、頭脳明晰だったり、力持ちだったりの超人が悪を倒す。正義を執行する。それこそが、昔の超人の役割であり、その痛快さを人々はエンタメとして享受していた。

しかし、成瀬は「正しさ」を証明するために行動しているのではない。前述した通り、ただ粛々と自分がやるべきと思うことをやっているのみ。この距離感が、安心感を与えるように思える。

多様性とかそういったことばが流行り、何が「正しさ」なのか分からない現代。説教臭く正義を振りかざすキャラよりも、粛々と自分の正しいと思うことを実行する成瀬は、非常に受け入れやすい。


小説をよりライトに

そんな成瀬というキャラクター。唯一無二と評している人も多いが、自分は既視感を覚えていた。

特に、いきなり髪型を坊主にする成瀬のエピソード。これを読んだ時、曜日によって髪型を規則的に変える某SOS団長を思い出したのは自分だけだろうか。

しかも、一人のキャラの指摘でバッサリ髪を切るという展開も同じ。


それもそのはずで、成瀬というキャラを要素だけで書き示すとこんな感じになる。才色兼備だけど変人。世間からの反応なんてものともせず、自分のやりたいことを突き通す。

ものすごーくラノベにいそうなキャラなのだ。もちろん、彼女は超能力者や未来人を探したりはしないし、SF的な展開になることもない。そこはちゃんと一般小説なので、ご安心を。


そんなラノベっぽいキャラ付けをされた少女が主人公が、表紙にデカデカと描かれ、大量に本屋に平積みされている。なぜなら、書店員が選ぶ本屋大賞の受賞作品だからだ。

本屋に行くたびに感じていたけども、一般書籍とラノベの境界はどんどんと曖昧になっている。昔は、表紙に2次元の少女が描かれる本は、ラノベしかなかった。しかし最近はいろんな本に美少女が描かれている。逆に、さっき話題にしたハルヒはイラストじゃなくなったり。

そうしたビジュアル面だけじゃなくて、内容としても少しずつ境界線はなくなってきているのかもなと、この作品で実感した。

現実的で、共感できるようなキャラクターの、繊細な内面描写で魅せるような、俗に言う純文学はすばらしい。自分も大好きだ。けども、多用なコンテンツが存在し、スマホで気軽にそれらが体験できる現代において、そうしった作品を魅力に思い、体験してもらうまでのハードルは高い。

その点、今作品はぶっ飛んだキャラがいて、人に話したくなるよう魅力がある。考察や、深い共感もいらない。小難しい設定もない。ただ、成瀬という令和の超人に魅了されるだけで楽しめる。

より小説というジャンルが、気軽に、それこそ「ライトに」楽しめるようになっていってほしい。そういう書店員たちの願いが込められた、本屋大賞だったのかもしれない。

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