佐々木康弘『D2C 「世界観」と「テクノロジー」で勝つブランド戦略』 NewsPicksパブリッシング,(2020)
最近SNSやネットメディアでこの本が語られてはいるものの,その内容に少々違和感を感じていたので改めて手に取ってみた。
この本の底辺に流れている,
「物を売っておしまいではなく,顧客の成功のために長期的なコミュニケーションをとって関係性を築いていく必要がある」
「その一つとして,直接顧客とつながっていくというD2Cというモデルに着目をする」
ということは間違っていない。っていうか言われるまでもなく,それは現在のビジネス潮流の一つ。でも,それは世界観がどうのこうのいう前に,顧客に対してどう向き合うのかという視点や,モノの製造だけでは顧客の満足は得られない故にどうやって顧客の感じる価値を高めていけば良いのか,という経営課題に向き合った結果として顧客の声を直接聞く共創やカスタマイゼーションを行うという戦略が生まれてきた。また,「単純に顧客の話を聞いての改善やカスタマイズだけではイノベーションのジレンマに陥ることになる」,であれば顧客の本当のJobとは何かに目を向ける(この本では「顧客の成功」と言っている)という考え方が提唱されてきたと言えるだろう。
さっと目を通したレベルではあるのだが「違和感はそのまま」というか,指摘として賛同するところはたくさんあるのだが,同時に「おや?」っと思うところも多々あり,もう少しきちんと考察すれば良いのに「残念」というのが正直な感想である。
まず指摘として頷けるところというのは,
・顧客との直接のコミュニケーション
・単発の取引ではなく継続的な会話
・モノからコト(体験)へ,さらにコトつきのモノへ
・ブランドの重視
・プロダクトのストーリー等
な,あたり。この辺りは,近年のマーケティング論やブランド論などをみても活発に議論が行われており,近年のマネージメントの考え方として取り入れられている内容である。それを「別段新しくはない」と批判することも可能だけど,スタートアップの潮流や事例としてこれらの要素を取り入れて成功し成長している企業を紹介している点はとても参考になる。
一方で,中途半端なのが
・ものづくり屋ではなくテック企業
・機能ではなく,世界観
・着実な成長より指数関数的成長
・事例が,米国のスタートアップのみ
をはじめ,いくつかの場所に「?」という点が散在している。
テクノロジーは何かを生み出すツールであって,「ものつくり屋」と「テック企業」を比較したり対極のポジションに位置付けるのはよくわからない。ここで紹介されている企業も基本はテックを売り物にしているわけではないし,顧客の体験を最高のものにするために手段としてテクノロジーを活用しているというのが正しい見方であろう。だからこそWeb体験だけではなくリアルな店舗にもきちんと投資をおこなっているわけで,それを「テック企業」であるとあえてポジショニングさせる理由がよくわからない。組織や判断のスピードをテック企業のようだと表現するのはいいが,別にそれがテック企業の本質というわけでもないだろう。逆に,事例として紹介されているスタートアップ企業たちもテックはテックとして認識しつつ,モノというリアルな体験もどう伝えるべきかをきちんと視野に入れているのではないだろうか。製造業のサービス化というキーワードや,サービスドミナントロジックに倣って,「ものつくりではなくサービス業である」とか,せめて「テックを物作りに使うだけではなく,サービスに使うというパラダイムシフト」といった方が納得感がある。(P.21)
「機能ではなく世界観を売る」という点も,起点としては良いと思うのだが,D2Cブランドが世界観を強調しているとする一方で,旧来のブランドのコアがロゴイメージであると切って捨てている点は少々認識がずれている気がする。確かに,大量生産大量販売の時代におけるブランドの役割は差別化であり、それを明確にする品質保証や出所保証の意味を持つロゴやデザイン,顧客の認知ではあったが,ブランドの考え方はそこから大きく進化しており,現在では企業と顧客とのインタラクションによる共創や顧客体験やサービスに基づく価値だったり社会的な記号だったり,顧客の自己実現や経営の根幹に位置づけられるある意味では世界観とも取れるような概念である。随分と前のブランドの考え方をあえて引っ張り出して比較しているようで,現在のブランドの考え方からみると,なにを敵にして戦っているのかがわからなくなってくる。(P.77)
この本ではないが,どこかで「世界観に共感してくれていれば,性能や機能が劣っていても顧客はついてくる」と言った議論を目にした。当然それは誤った議論であり,メーカーが顧客を舐めている態度はすぐに顧客に露見してしまう。世界観のみに着目しすぎるのは誤った議論に入り込みやすいとも言えるだろう。世界観はあくまでも,製品の品質や機能性能,企業の信頼性の上に成り立つものである。
成長性についての考え方も,D2Cだからなぜ「指数関数的な成長」なのかがわからない。投資しているVCからは指数関数的な成長が求められるからそう成長せざるを得ないんだよというのか,投資を引き出すために指数関数的な成長ができるかのように振る舞っている,というなら理解できる。でも,それはD2Cとしての定義とかではないだろう。(P24)
全体としては,著者がかっこいいと思っているスタートアップのみを取り上げて,既存企業の取り組みを一切取り上げることなく「あいつらだめ」みたいな思い込みで見ようともしていないところがとても惜しいと思うのである。
スタートアップだけではなく,トラディショナル企業が行っているここで取り上げられているようなD2C的な取り組みもきちんとリサーチし,その中から新たな顧客体験や企業と顧客の長期的な関係作りのための新しいブランドの作り方やマーケティングの考え方などを考察してくれればと思う。
例えば,すぐに思いつくところだと,
・製品をあえて売らないブランドとしてのメディア化事例
ボルボ オーナー様限定プレミアム電子マガジン『DAY』https://www.volvocars.com/jp/own/enjoy/day
・ストーリーや製造工程の開示
ワコール「大人の工場見学」
https://www.wacoal.jp/factory/vietnam/
などがあるだろう。
他にも,顧客との製品開発では,無印良品 暮らしの良品研究所「ご意見パーク」 https://www.muji.net/lab/goiken/development/ などもあげられる。そもそも,良品計画ではすでにここに書かれていることに取り組んでおり,ネット・リアルを問わない販売チャネルの整備も含めて無印良品としての世界観のあるブランドを構築しているといえるのではないだろうか。
やはり,そのあたりへの考察がごそっと抜け落ちている。
この本は「古いのは全部ダメで,キラキラしているD2Cじゃないとだめ」といいたいのかもしれないのだけど,そう考えてしまうと間違った先入観を持ってしまうのではないだろうか。この本の読み方としては,基本的に流れている「物の販売から顧客の成功への着目」「長期のコミュニケーション」「ブランド構築の重要性」という考え方は踏襲しつつ,書かれている成功事例から要素を抜き出しつつ,自分なりに咀嚼しながらトラディショナルなビジネスにどうやって取り入れて行こうかを考えるといった読み方が一番良いと思う。