公務員とカスタマーハラスメント
東京都でカスタマーハラスメント条例を制定する動きがあるそうです。
「カスハラ」 定義づけへ 東京都 全国初の防止条例制定に向け 具体的行為も例示の案 | NHK
この条例では、カスタマーハラスメントを「就業者に対する暴行、脅迫などの違法な行為、または暴言や正当な理由がない過度な要求など不当な行為で就業環境を害するもの」と定義して、多くの人にカスタマーハラスメントを認知してもらい、消費者側も含めて、従業員が働きやすい環境をつくっていくことを目指しているようです。
そのため、カスタマーハラスメントをしたことによる罰則はなく、条例で示すことによって、都民に対して規範のようなものを示す、いわゆる理念条例となる見込みとのことです。
個人的には、カスタマーハラスメントに地域の特性はないため、条例で定めるものだろうかと思わなくもないですが、人手不足の中、従業員が働きやすい環境を整備するための一つの方法であることは確かです。
また、“お客様を神様とみる”という本来は歌う側の心構えを述べた「お客様は神様です」という題目を、誤用してクレームを言う人がいるように、労働者が毅然とした対応を取るための一助になることも期待されます。
参考:「お客様は神様です」について (minamiharuo.jp)
1 公務員とカスタマーハラスメント
公務員もカスタマーハラスメント、クレームを受けることが多い職業ではあると思います。全日本自治団体労働組合(自治労)が2020年に行った調査では、自治体職員の半数近くが過去3年間に住民から迷惑行為や悪質クレームを受けたと回答があったようです。
SNSで自治体職員の「実名さらし」、偽アカウントで「バカすぎて滑稽」…フルネーム名札やめる動き : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)
個人的な経験を振り返っても、1年に一度くらいは、クレームと言っていいほどの長時間の電話や窓口での対応をせざるを得ないときがあります。特に、最近まではコロナ対応の職務についていたため、多くのご意見を頂戴する立場になりました。
「お前らのせいで人が死んだ」「税金泥棒」など、分かりやすい暴言もあれば、「今から職場に行くから待ってろ」というクレームもありました。若い時であれば、慄いてしまったのでしょうが、何回も経験していると多少は慣れます。
分かりやすい暴言や金銭を要求するなどの事態となれば、警察とも連携した対応となるのですが、そこまでいかないけれども、悩ましい状況となることもあります。
例えば
「納得するまで話に付き合ってくれ。」と電話を切らせないパターン
「君たちの対策は甘い。私なら…」と自分の考えを力説するパターン
他にも、短時間ではあるけれども何度も来訪したり、首長の悪口を延々と述べる方もいらっしゃいました。
こうしたことは、長時間に及ぼうとも、これも仕事と割り切って、個人の職員が「運が悪かった」と受け止めて対応することが、ここ数年ではほとんどだったと思います。
長時間の電話をして、周りの同僚から「お疲れ様…」と労いの言葉を受けたことのある公務員も多いのではないでしょうか。
ただ、こうしたある意味「税金で給料をもらっているのだし、これも仕事の内」というような状況は変わってきているように思います。
2 住民対応の変化
最近一番、公務員のクレーム対応の変化を感じたのが、秋田県の熊駆除に関するクレーム電話への対応でした。
昨年度は熊による人的被害が多発しており、とくに被害が多い秋田県では、市街地にも熊が出没するほどであったそうです。ツキノワグマでも体長は1mオーバーで、鋭い牙と爪を持ち力も強いため、襲われれば命の危険すらあります。
そのような状況の中、動物愛護によるものか、秋田県に抗議の電話が殺到したときに、秋田県知事が、記者に自治体へ抗議の電話についてコメントした言葉は衝撃的でした。
「すぐ切ります。ガチャン。電話は一番、乱暴なんですよ。ほとんど『わー』でしょ。これに付き合っていると仕事ができない。これ“業務妨害”です。」
出典:秋田県知事「業務妨害」と怒り…クマ駆除への抗議電話 人命最優先で「見たら撃つ」 (tv-asahi.co.jp)
県民(かもしれない)からの電話をガチャンと切ると断言するのは、今までになかった流れだと思います。
もちろん、上記の関連記事でも言及されているように、電話のほとんどは県外からの苦情であり、現に県民の命が脅かされている状態になっているのだからといった切迫性はあると思います。
それでも「様々な意見があり、尊重されるべきだと思うが、住民の命がかかっていることをご理解いただきたい」といったような回答になるものだと思っていました。
業務妨害だからガチャンと切る、公務員にはなかなかない発想のように思えます。そんな経験があったからか、周りでも住民対応に変化が起きているように感じてきました。
先日も上司が、住民からのクレームらしき電話を取っており、最初は丁寧に応じていたのですが、10分ほど話を聞いていると、「これ以上お話しても結論は変わりません。他の業務もありますので失礼します。」と言って電話を置いてしまいました。
もちろん間違った対応とは思わないのですが、最近、住民対応に対する意識が一昔前よりも変わったように思います。
以前から、行政対象暴力対応マニュアルといったものがある自治体もあり、度を越したクレームなどは、警察を呼ぶことも視野に入れた、毅然とした対応を取ることになっていました。
Microsoft Word - 2 行政対象暴力対応マニュアル改正(R4.4.1).$td.$td (chiba.lg.jp)
それに加えて、昔はグレーゾーンであった、職員個人が受け止めていた長時間に及ぶ対応についても、お引き取りを願うケースが増えてきたように思います。
時代の流れもあるように思います。公務員においても人員不足は深刻ですし、クレーム対応で精神が疲弊して退職するケースも多くあるので、人員を繋ぎとめるためにも、そうせざるを得ないのもあるでしょう。
昔は、客と従業員は対応ではなかったように思います。カスタマーハラスメントという言葉もできて、だんだんとモノやサービスを提供するものと対価を払うものとで対等な関係がつくられてきているようにも思えます。
それに追随するかのように、公務員と住民の関係も変化しています。個人的には、公の奉仕者である公務員は税金で給料を得る立場であるため、客と従業員ほど対等な関係には立ちづらいと思っていますが、どうなるかはわかりません。
こちらの意見を強く押し出すとまではいかずとも、あまりに理不尽であれば毅然とした対応に出るケースも増えているのではないでしょうか。これから公務員を目指す人にとっては、歓迎すべき流れなのかもしれません。