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建築は祈りだった - 夢枕獏『シナン』に学ぶ創造の原点

歴史と幻想の織りなす壮大な物語を描く夢枕獏さん。その作品群の中でも異彩を放つのが、オスマン帝国の大建築家ミマール・スィナンを主人公にした歴史長編小説『シナン』です。本書を読み終えて私が強く感じたのは、イスラム教における偶像崇拝の禁止という教義が、建築という分野に与えた影響の大きさでした。

スィナンはイスラム教徒です。イスラム教では、神(アッラー)は唯一絶対の存在であり、いかなる偶像崇拝も禁じられています。神は超越的な存在であり、人間の感覚で捉えることのできない存在とされているため、具体的な像や絵で神を表現することは、神の唯一性を損なう行為とみなされるのです。

この「神の不在」とも言える状況が、スィナンの創造性をどのように刺激したのか。本書は、その過程を鮮やかに描き出しています。神に具体的な姿がないからこそ、スィナンは数学という世界の法則に神を見出そうとします。幾何学的な美しさ、緻密な計算に基づいた構造、それらはすべて、神の創造した宇宙の秩序を表現する手段となるのです

本書の中で、スィナンがアヤソフィアを超えるモスクの建設に挑む場面は、特に印象的です。アヤソフィアは、かつてキリスト教の大聖堂でしたが、オスマン帝国によってモスクに改修されました。スィナンは、そのアヤソフィアを超えるモスクを建設することで、イスラム建築の偉大さを示そうとします。それは、単に規模や技術的な熟達を競うだけでなく、偶像崇拝を排し、数学を通して神を感じるというイスラム的な世界観を表現しようとした試みだったのではないでしょうか

本書を読み進めるうちに、私は、偶像崇拝の禁止という一見制約とも思える教義が、逆に人間の創造性を解放し、建築という分野において驚くべき発展を遂げさせたのだということに気づかされました。スィナンの建築は、単なる建造物ではなく、数学というレンズを通して神を捉えようとした、壮大な試みだったと言えるでしょう

『シナン』は、歴史小説としてだけでなく、宗教と文化、そして人間の創造性について深く考えさせられる作品です。建築に興味がある方はもちろん、歴史や宗教、文化に興味がある方にも、ぜひ手に取っていただきたい一冊です。

こんな人にオススメ

  • 歴史小説が好き

  • 建築に興味がある

  • 宗教と文化の関係について考えたい


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