2つの表情筋の話。『PERFECT DAYS』
映画『PERFECT DAYS』遅くなりましたが、ようやく観てきました。
ラスト5分!
あの役所広司さんの時空が歪むような芝居は、まさにカンヌで主演男優賞を獲るのにふさわしい演技でしょう。素晴らしかった。
シーンとしては全く説明不足で「抽象的」。
平山がいま何を思い出しているからとか、過去にどんな体験をしたからとか、そのあたりが一切観客に開示されていない。そんな「抽象化された表現」だからこそ観客ひとりひとりの人生とリンクして、心にズドンと届いてしまう。「それ、わかるよ!」ってなるんです。ボクは泣きました。
こういうごくごく一般な観客の心を震わせるような演技、ボクは大好きです。役所広司さんもヴィム・ヴェンダース監督も素晴らしかった。
今回はそんな『PERFECT DAYS』の演技について、よかった点、そして残念だった点についても書いてゆきたいと思います。
「コントロールしない」という技術。
ラスト5分の演技について、もう少し語りましょう。
田中泯さんがインタビューであの役所さんの演技について「すごい技術だ」とおっしゃってました。さまざまな感情が凄い速度で切り替わる、自分ならもっと遅い速度になってしまう、と。 さすがダンサーという鍛錬の世界の人らしい見事な見立てです。
ただ、ボクはそれとは別の印象を持ったんですね。
そう、表情や感情を「コントロール」しようとしてるのであれば、それはたしかにあの速度でバババババッと切り替えてゆくのは大変な技術です。
でも役所さんが使っているは、その真逆の「コントロールしない」という技術なのではないかなーと。
我々は日常生活の中で、心が千々に乱れる時ってあるじゃないですか。
なにかものすごくショックなことが起きた時とか、ものすごく嬉しいことが起きた時とかに、うわーっといろんな感情がほぼ同時に溢れ出したりしますよね。
今までの自分の人生の様々なエピソードが心をものすごい勢いで去来して、いろんな気持ちが思い出されたり、さまざまな感慨が押し寄せてきて。
心がコントロールできなくなりますよね。
役所さんはあれに芝居中になっていたんじゃないのかなーと思ったんです。
もしそうならそれは凄いことです。だってカメラの前で、平山という架空の人物として心がコントロールできなくなって、フラッシュバックに身を任せているわけですから。心を「コントロールできない状態にとどまる」技術ですよね。
だからこそ、あのスピードで表情が千々に変化してゆくんだと思います。喜怒哀楽の全てがものすごい勢いで平山を震わせている。
そういうアンコントロ―ラブルな激情に駆られる経験って、誰もがしたことがありますよね。だからこそ観客たち個人個人のそれと響き合う、という芝居。いや~、そりゃカンヌで主演男優賞、獲るでしょう。
じつはボクはこのシーンを見ながら、ふと『万引き家族』のラストあたりの警察での取り調べのシーン、安藤サクラさん演じる信代がカメラ目線で、感情のコントロールが効かなくなって涙がツーッと流れ出しながら、淡々とアドリブのセリフを喋っているシーンを思い出しました。
あれもカンヌで、ケイト・ブランシェットら審査員たちに大絶賛された芝居でしたよね。ここが日本の俳優の凄いところなのかもしれないですよね。
空を見上げて微笑む芝居について。
さてひとしきり絶賛した後ですが。ここでボクが何故この『PERFECT DAYS』をこんなに見るのが遅くなったのかについて語っておきたいと思います。
ヴィム・ヴェンダース監督が役所広司と日本で映画を撮る!というニュースを聞いてボクの心は踊りました!早く観たい!大ファンですから。
で、予告編が解禁されて急いで見ましたとも!
役所さん演じるトイレの清掃員・平山が早朝、自宅のドアから出てきて、空を見上げて、ニッコリと微笑む。
・・・あれ?
いまなんで微笑んだ?
平山はいま、なにを見て微笑んだんだろう?
空?天気がいいから?悪いから?平山は毎朝この景色を見てるんだよね?
なにか特別なことがあったのかな?珍しい鳥でも飛んでた?
今日は遠足? 違うよね、いつもと同じ仕事をする日だよね?
それともいつもと同じであることが微笑ませた?季節の変化を感じた?
その次のカットがこれの引き画なんですが、平山を微笑ませるような何かは特に映っていないんですよ。季節もいつかわからない。
いや~、いきなり平山の感情に乗り損ねました・・・いやな予感がする。
で、この映画を観に行くのが怖くなったんです。
大好きな俳優と大好きな監督の作品だからこそ。
のちにテレビのインタビューで役所さん御自身が「ドアを開けて、空を見上げて、微笑む・・・って脚本に書いてあるんですよ。でもなんで微笑むのかわからなかった。」と語ってらして、
ですよね!!!とテレビに向かって叫びそうになったんですがw。
空を見て微笑む芝居は、何回かあった。
いや、空を見上げてニッコリ微笑むって、映画やドラマじゃよくある雰囲気芝居ですよ・・・でもね、役所広司ともあろう名優がそんなウソっぽい芝居をするなんて!
映画が公開されて、知り合いの俳優たちや監督たちが次々と『PERFECT DAYS』を観て絶賛してました。ボクも感想を求められまくったんですが「いや、まだ見てないんで。なにかと忙しくて…」とお茶を濁す日々。
で、年が明けて2月・・・なぜか見る勇気が出た日に、観に行きました。
結論から言います。
予告編のあのシーンは映画のほぼ冒頭にありました。
そしてあの「空を見上げて微笑む」シーンは映画の中に数回出てきました。
その微笑みは、最初の一回目が例の予告編の「作り笑顔」。2回目以降の微笑みはどんどん無表情に近くなっていって、最終的には素晴らしい小さな小さな微笑みになっていました。
あーっ!順撮りだったんだ!と思いました。
サービスだったんだ!とも。
そしてボクが見た予告編に使われてるショットは映画の前半部分のものが多くて、それがボクを不安にさせたんだということが分かりましたw。
いろいろ情報を仕入れてみると、たしかにこの『PERFECT DAYS』は順撮り(映画の最初から順々に撮影してゆくこと)で撮られ、しかもヴェンダース監督の「ドキュメンタリーのように撮りたい!」という要望のため、ほとんどリハーサルやテストをしないで撮影されたそうです。
そして役所さんはその件についてパートナーの女性に「ドキュメンタリー風に撮るんだって。でもオレは平山じゃないからなあ」とこぼしていたらしいです。
なるほど。見えてきました。
それは実際、この『PERFECT DAYS』における役所さんの芝居は、映画の前半・中盤・後半でけっこうテイストが変わっているからです。
とくに表情筋の使い方が前半・中盤・後半で全然違っているんです。
表情は2種類の表情筋で作られる。
表情って表情筋によって形作られるのですが、その表情筋ってじつは2種類あるんですよ。
① 「自分の意志で動かせる表情筋」
② 「意志では動かせない、反応で勝手に動いてしまう表情筋」
具体的に①の表情筋とは主に眉間、口の周辺、まぶたで、②の表情筋は主に目の周辺の筋肉などの緊張と緩和。それらの集合体が我々の表情を作っています。
たぶん野生動物は、主に②の反応の表情筋だけで表情が作られています。なぜ人間は違うのか。それは人間が「表情によってコミュニケーションする生き物」だからです。
これは俳優さんはとくに憶えておいて欲しいのですが、①は「コミュニケーションのために意図して動かす表情筋」で、②は「反応の表情筋」です。
これら二つの表情筋の動きを組み合わせることで人間の表情は形作られています。
つまり反応を演じる時に②の表情筋を使わずに、①の表情筋を動かして、例えばビックリするような表情や、悲しい表情などを演じようとしたときに、いわゆる「くさい芝居」に見えます。
また、役の人物が誰かとコミュニケーションをしようとして、たとえば「わたしはあなたの敵ではありませんよ」とか「私は困っています」などの表情を作ってアピールしようとする時に①の表情筋が使われます。
『PERFECT DAYS』の役所さんの演技の話に戻りますが、前半のシーンはほとんど独りなのでコミュニケーションは発生しません。なので普通に考えれば「空を見上げて微笑む」の微笑みは②の反応の表情筋が動いて作られるはずなのですが、なぜか①の「意図的に動かせる筋肉」で表情が作られていることが、ボクが違和感を感じた理由だったのでした。
…ちょっと話がマニアックすぎますか? すみません(笑)
中盤・後半の素晴らしい表情の芝居。
ようするに「順撮り」で「テスト無し」であることが、この映画の前半部分をギクシャクさせていたのではないかと、ボクは推測しています。
まだ役所さんが清掃員・平山の生活のペースを身体で掴みきれていないうちに、冒頭の一連の重要なシーンをテスト無しで撮ってしまったために、役所さんの芝居が身体の奥から湧き出てくるような芝居でなくしてしまったのではないか。
だって空を見上げるシーンは独りですからね。コミュニケーションの表情筋を使って演じていること自体が舞台的というか、ドラマ的なんです。
それをさらに芝居をドキュメンタリー風に撮って編集したので、その違和感が際立ってしまったと。
単純に映画前半の役所さんの演技は「ドキュメンタリー的」というよりはボクには「チャップリン的」に見えました。セリフをほとんど無くて、表情で状況を説明しているためです。(ヒゲのせいもあるとは思いますw)
柄本時生さんの芝居もチャップリン映画の登場人物のみたいでしたしw。
そして映画が中盤に入ると平山独りのシーンよりも、誰かとコミュニケーションを取りながら進むシーンが多くなってゆくので、①の「コミュニケーションの表情筋」を使った芝居でも違和感はどんどん無くなってゆきます。
しかも役所さん自身が平山の生活のペースを完璧につかみ始めたので、②の「反応の表情筋」の反応もどんどん瑞々しくなっていって、独りのシーンもどんどん②の「反応の表情筋」中心で演じられるようになっていきます。
そして映画後半、もう完全に平山と化した役所さんは、自由自在に平山を演じこなしまくります。素晴らしい三浦友和さんとの瑞々しいシーンがあり、そしてラストシーンです。
平山として「反応」しまくっています。
いや~素晴らしかった。
欲を言えば、前半くらいはリハやテストを繰り返しながら撮影して欲しかったなあと思うところです。ヴェンダース監督ぅ!
わ。けっこう長文になっちゃいましたね。
表情筋についてはまた別の機会に、もっと詳しい話を出来たらいいなと思っています。それでは長々とお付き合いくださり、ありがとうございました!
『PERFECT DAYS』、もし前半が退屈に感じても頑張ってw。中盤・後半の芝居が超絶オススメです!
小林でび <でびノート☆彡>