『ヘッドハンティング』(1) レジェンド探偵の調査ファイル(連載)
『現役探偵の調査ファイル 七人の奇妙な依頼人』 福田政史:著
【第四話】ヘッドハンティング
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「主文。被告人を懲役一年に処す。ただし、刑の執行を、確定した日より四年間猶予する」
裁判長は、懲役一年に処すと言ったあと、少し間をおいて、その刑の執行を猶予する旨を告げた。そして、じっと私を見つめ、
「今日まで、あなたが真面目に生きていたことは認めます。しかし、あなたももう五十歳です。これから何かと大事な年に差し掛かるのですから、慎重に生活してください」
と言った。
平成七年一月二十三日、午後一時十五分。東京地方裁判所、第五一三号法廷で、私を被告とする恐喝未遂事件の判決公判が始まった。
静かな法廷に、裁判長の低く澄み切った声が響く。正面に向かって左側の検事席に法廷検事が一人。右側に私の弁護士が二人座り、私は被告席に立たされている。後ろの傍聴席には、本件と無関係の人が数人いて、行儀よく座って見物している。法廷内に一瞬の静寂が訪れたあと、裁判長の言葉が続いた。
私にとって、この判決は想定内であった。「何も悪いことはしていない」と思っている私には、通過しなければならないセレモニーのようなものであり、悪夢から解き放たれ、いつもの生活に戻る区切りの日でしかない。あえて言えば、大晦日の方が数倍感慨深い一日なくらいである。
ただ、いまの裁判長のひと言は意外であった。(ああ、真相はわかってくれていたのか)という安堵の気持ちが交錯し、複雑な気持ちになった。
私は、前年の十二月十八日、保釈で東京拘置所を出ていたので、スーツ姿で革靴も履いていた。閉廷後、弁護人らと別れ、日比谷公園をゆっくり歩いて有楽町まで行くと、駅前の喫茶店でひとり感慨に耽った。まさか実刑はないだろう、とは思っていたが、やはり少しは緊張していたのだろう。僅かに疲労感を覚えながら、三か月前の衝撃的な出来事を思い出していた。