日本一になりました。
- 少林寺拳法 -
全国大会(一般) 最優秀🎗
全日本学生大会 個人2位🥈 団体1位🥇🏆
大学に入って4年間、この学生最後の大会で優勝するために頑張ってきた。
そしてちゃんと最後の最後で、てっぺん獲れました。
壮絶な4年間
入部して初めて知ったのは、「理不尽」ということ。
自分のせいじゃなくても怒られるし、連帯責任で拳立て(グーで腕立て)させられるし、先輩は自分らが一年生の時よりはマシだと言ってきついメニューやルールを強いるし…
OBの接待はめんどくさい、自分の方が上手くても年功序列で先輩が大会に出る…
挙げればキリがないけど、ほんとうに色々なことがあった。
同じ部活でも幹部の先輩によって全く色が変わって、練習が楽しくてしょうがないときもあれば、練習のことを考えるだけで下痢腹痛が止まらないこともあった。
そんなときは決まって、同期と共有してみんなで乗り切った。
家族よりも部員と長い時間を過ごして、辛いことをたくさん乗り越えてきたからこそ、同期の絆はカツオ節のように堅くなった。
階段は一段ずつしか登れない
最後の大会で優勝すると決めたのは一年生の時。
そのために、何年生でここまでいくと逆算していた。
しかし確実に最後で優勝するためには、少し余裕を持って早めに入賞まで持って行きたかった。
でも焦れば焦るほど、それは遠のいた。
講習会に出る、ルールや雰囲気を知る、予選会に出る、予選を通過する、賞状入賞、メダル入賞、トロフィー優勝
これが書いていたシナリオ。
でも一個でも飛ばすどころか、思ってた一歩よりも小さくしか進めず、このままだと最後に優勝までいけないと思った。
仲間が追い抜いて行く
私は一年生の頃から動き出していた。
しかし、三年生から動き出した同期、後輩、他大学のライバルが先に入賞していく。
悔しくない訳がない。
私もあの表彰台にいるはずなのに。一緒に賞状持って笑ってるはずなのに。
予選すら通過できなかったときは、本選で戦う仲間をひたすら眺めてた。涙を浮かべながら。
私なら勝てた。私でもきっと勝てた。
口ならどうとでも言えるけど、その舞台に立てなかったのは自分の弱さ。
悔しいけど認めて、次また頑張る。これしか道はない。
戦友の絆は強い
講習会や予選会では、関東のやる気のある学生が集まる。
毎回出てると、戦友ができる。
友達なんて生温い関係じゃなくて、拳を交え共に戦い同じ高みを目指す仲間。
自分と同じ苦しみや喜びを知っているのは、同じ土俵で戦った戦友だ。
順位は入れ替わるから、その度にお互い健闘を称え合う。
負けた方は、今度は絶対負けないという高まる気持ちを抑えているが、やっぱり仲間の勝利は嬉しい。
まさに切磋琢磨という言葉がぴったり。
先輩に可愛がられに行く
私の大学では、4年生の男子が毎年入賞していた。
結果として毎年入賞しているが、当時からすれば入賞すご!という感じだった。
それぞれにストーリーがあって、頑張ってきてやっと報われた先輩や最後一年でものすごく強くなった先輩など色々。
今思っても、その全部の先輩に可愛がられていた。
今回の大会で優勝して、先輩のひとりに「個人的に思い入れがあったから、ほんとうに尊敬するし嬉しい」なんて言われたからたぶん間違いない。
でもそれは、頑張ってるから可愛がってくれたのもあるが「可愛いがられに行った」のも大きい。
強い先輩に教えてもらった方が強くなる。
自分が弱いからって、先輩に見合うようになってから教わろうと思っても手遅れになる。
これは4年間で身をもって体感した。
多少の迷惑は、かけてなんぼ。後輩に教えるようになってからも、そう思った。
先輩が他大学や道場に出稽古に行くと言えば、二つ返事で手を挙げた。
そもそも一年生で講習会に行くのも、今思えば勇気のある行動だと思う。
行ってみて辛いことや申し訳ないこともあったが、それ以上に得るものが多かった。
知らない次元を知ると、見える世界が広がる。
これから登る階段のてっぺんまでの道筋が薄っすら見えてくる。
最後にははっきり見えて、がむしゃらに登った。
てっぺんまで登ったのは自分だが、その道筋を見せてくれたのは先輩。
先輩がいなければ今の私はなかった。
やっぱり、ここだ!と思ったら後先考えずに飛び込む。すると良いことがある。間違いない。
ついてくる後輩
幹部になって、後輩育成を考えるようになった。
今までは自分が強くなって上手くなって勝てればよかった。
聞かれれば教えたが、教えたらそのまま放置。
でも、幹部になった今、後輩の成長は自分達の責任。後輩が入賞できなければ幹部の教えが悪いことになる。
これまで何も思わず教わっていたが、いざ上に立つと周りを見る目ががらりと変わった。
毎年年末に次の年の目標を考えるが、その中に自分の目標の他に部活の目標が入った。
聞いても来ないやつには教える義理もないと思っていたが、聞いてくるやつにはどんどん伝えた。
自分がこれまで学んだこと、練習方法、卒業した上手い先輩がどんな風にしてたか。
たぶん自分が引退するまでに何かを残したかったんだと思う。
後輩が引き継いで、私の遺伝子がどこかに生きてくれれば、こんなに嬉しいことはない。
結果として、全国の大学で唯一、私の大学だけ女子3名予選を通過した。
その内の1人の後輩は初の入賞を果たした。
さらにその3人で団体の全日本1位を獲った。
想像以上の快挙でとても嬉しかった。
自分が入賞するのはもちろん嬉しいが、自分が教え鍛えてきた人が入賞するのはもっと嬉しい。
それを表すかのように、私が個人で全日本2位と団体1位に入賞したことを喜び、観覧席では応援にきた先輩が泣いていた。
今回はまだ自分のことがあるから等しく嬉しいが、気にするのが後輩のことだけになる来年からはきっと、後輩の結果に激しく心動かされるのだろう。
最後に
今大会で、私は部活を引退する。
長く続いた部活生活が終わる。
辛いことは数え切れず、泣いたことも一度や二度ではない。
それでも中高6年間のバドミントンと大学4年間の少林寺拳法を通して、技術だけでなくかけがえのない仲間や言葉では学べない経験がたくさんできた。
この青春は、きっと一生の宝になる。
そしてこれから第2の人生を歩み始める。
長くなりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございます。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?