幸せを呼ぶ「遊び心のあるデザイン」|後編:意外と便利なもの
コロナ禍の巣ごもり生活から解き放たれ、街に活気が戻ってきた。パンデミック以前は、タピオカや爆買いで賑わっていたが、あの頃の熱気が、3年間の潜伏期間を経て炸裂している感じだ。
人々が明るい気分になり、行動的になってきたことで、デザインも心のゆとりを反映した愉快(楽しく気分をよくすること)なものが増えていくだろう。デザイナーも、そう言えばこのところ真面目過ぎやしないかと我に返るかもしれない。”Less is more*¹”も良いが、やはりデザインは、人を楽しませ、幸せな気分にさせるものであって欲しい。
筆者がデザインの醍醐味ではないかと考える「遊び心」の表現について、2回にわたってお話ししている。前編では、通称イースターエッグと呼ばれる「隠しデザイン」や、使う楽しみを作る「サプライズ表現」を採り上げた。近年、ビジネス的な価値観からロジカルに説明が付くデザインが歓迎される中、真っ先に却下される(或いは提案すらできない)「なくても困らないがあると嬉しいデザイン」だ。
一方で、遊び心の表現が、意外と便利に働いているケースもある。
一回目の投稿のテックデザインとウェルビーイングで、「ナッジ(nudge)」に言及した。
↑ これが、男性用小便器に描かれた蝿の絵。
考えてみれば、この問題解決のためのデザインも「遊び心」のある発想だ。それでありながら、ミース・ファン・デル・ローエの”Less is more”も体現しているところが凄い!
日本では、渋谷ハロウィン後のゴミ散乱問題の解決策として、2015年から東京都が「ジャック・オー・ランタン」の絵を印刷したオレンジ色のゴミ袋を配布している。
ゴミで膨らむとカボチャのジャック・オー・ランタンのようになる袋でゴミ拾いを促進。街の景観を損なわない利点もある。(本来の意味は悪霊の化身だが…)
これらは、ナッジ理論を体現する楽しいデザインだが、意外と便利な遊び心の表現は他にも様々なタイプのものがある。今日はそれを以下の3つの視点でご紹介させていただく。
① 安心安全につながるWOWエフェクト
② 子供の好奇心を掻き立て健康促進
③ 映え(バエ)の表現が便利に機能
① 安心安全につながるWOWエフェクト
透明なトイレ
お堅いイメージのある「公共物」にも遊び心の表現がある。
日本財団が実施した、誰もが快適に利用できることを目指した公共トイレのデザインプロジェクト「THE TOKYO TOILET」の一つとして2020年に渋谷区の公園に誕生した「はるのおがわコミュニティパークトイレ」は、ガラス張りで中が丸見えである。だが、安心してください。この外壁、カラーフィルムと瞬間調光フィルムを強化ガラスで挟んだ構造にしていて、使用中はプライバシーを保てるように中から施錠すると非通電になり不透明になる。会議室などに使われる瞬間調光ガラスシステムだ。停電時は不透明になるとわかっていてもハラハラさせるデザインだが、シースルーにすることは犯罪抑止につながる。さらに、清潔な状態を保とうとするマナー向上の効果もありそうだ。設計は、建築家の坂茂氏。
踊る赤信号
ドイツの自動車メーカー SMART(現在は、中国の浙江吉利控股集団との合弁会社)が、2014年にリスボンで行ったキャンペーン「Smart Dancing Traffic Light」は、今思うと、遊び心のあるナッジのデザインだった。赤信号が踊り出すのだ。
広場に設置された信号機型のボックスの中で実際に踊る人の動きをKinectセンサーで読み取り、リアルタイムで信号機のLEDセンサーに送る仕組み。退屈な信号待ち時間を楽しませることで、強制的にではなく、自発的に足が止まるようにしたアイデア。81%の歩行者が赤信号を待ったという結果を出していて、意外にも効果があったようだ。(慣れると無視されそうではあるが…)
↑ 一緒に踊りだす人も出現。
② 子供の好奇心を掻き立て健康促進
ポケットの中からこんにちは
子供用品に遊びの要素は欠かせない。玩具に限らない。うんこドリルが子供の学習意欲を喚起したように、遊び心を上手く作用させた事例がある。
ユニクロの兄弟ブランドGUが2021年に発売した「シナぷしゅ」とのコラボ商品。シナぷしゅは、脳内のシナプスをイメージした(?)キャラクターが活躍する、東京大学の赤ちゃんラボが監修するテレビ東京の知育番組。この商品は、まだ小さい乳幼児の好奇心を掻き立て、ボタンを外したり中の物を引っ張り出したりする動作を練習できるようにポケットの中にキャラクターを忍ばせている。発売直後に完売するほど人気で、今年、第5弾まで到達した。衣服に知育機能を持たせるというのはなかなか思い付かないので、とても良い発想だと思う。
たべたのだあれ
桃山学院大学の高橋ひとみ名誉教授が発案されたこの視力検査キットは、「たべたのだあれ」という名が表す通り、ランドルト環に見立てた中央のドーナツをかじった動物を当てるクイズ形式にしている。近年は、画面を見る機会が増えたこともあり、低年齢で視力低下する恐れがある。その反面、幼児の視力検査は時間や労力が掛かることから実施率が低いという課題があり、子供の視力の研究をされている高橋先生が、有効な解決策としてこのキットを考案された。確かにまだ幼い子供に欠けている部分の上下左右の向きを答えさせるのは難しそうだ。「子供目線」で考えられた素晴らしいアイデアである。
③ 映え(バエ)の表現が便利に機能
萌え断パッケージング
写真映えする、いわゆる「バエ」のニーズは、なかなか根強い。見た目ばかり気にして浅はかだとご立腹される方もいるかと思うが、この映えるデザインの中にも遊び心と実用性を両立させたものがある。
飲み会のシメにパフェを食べられるようにした夜パフェ専門店を運営する北海道のリゾット店GAKUが、24時間食べられるパティスリーのケーキをコンセプトに開発した「ショートケーキ缶」。
この商品が登場した2021年よりも早くから、日本では「萌え断」のブームが起きていた。2015年に登場したおにぎらず(サンドイッチの要領で作ったおにぎり)を皮切りに、断面の美しさを楽しむ食べ物が続出し、ここ数年はフルーツサンドが人気だ。このショートケーキ缶もケーキの断面を美しく見せている。見た目だけではない。透明の缶に詰めることで、バッグに入れて持ち運べるようにしたのだ。ケーキは揺らさずに持ち帰らなければいけないというこれまでの常識を覆したアイデア。これまで当たり前に受け容れていた困難を克服したイノベーティブなデザインである。
↑ 自動販売機での販売も可能にしたフォーマット。
暗闇で浮かび上がる
「バエ」は、精密機器のデザインにもある。
パネライが2020年に発売した「LUMINOR MARINA DMSL」は、夜間の視認性のために腕時計に用いられる蓄光塗料を加飾表現にも活用。より強く光り長く発光するスーパールミノバX1を採用し、発光すると時計全体の輪郭が暗闇に浮かび上がるようにしている。暗い場所でもパネライをしていることをアピールできると同時に、時刻がはっきりと分かるベネフィットがある。パネライのダイヤルは大きいので、これなら周囲の人も今何時なのかを知ることができて好都合だ。停電時を想定して、扉や家具も暗闇で輪郭が浮かび上がったら良いかもしれない。
↑ 明るいところで見た状態。
敢えて「遊び心」で発想してみる、とか...
前編で採り上げた「なくても困らないがあると嬉しい」遊び心のデザインも個人的にはとても好きなのだが、後編でご紹介した「遊び心が便利さにつながっている」デザインも着眼点の鋭さに感心してしまう。自分で書いていて、「遊び心」の大切さを改めて感じている。機能的に「意味を持つこと」を前提に考えるようになった今、敢えて「別になくても困らない」ことから発想してみるのも良いのではないか。理詰めで考えられたものばかりでは息苦しい。作り手が楽しく考えたものに、ユーザーも幸福感を感じると思う。
《脚注》
*¹ 20世紀初め、合理的な機能美を追求したドイツの教育機関「バウハウス」の校長を務めた建築家のミース・ファン・デル・ローエの名言。少ないほど豊かであるというデザインの思想。
NewsPicksトピックス 2023.8.25掲載記事より転載(筆者:本人)
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トップ画像は、「てがきですのβ」のイラストと筆者が描いた信号機の絵を組み合わせて作成いたしました。
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デザインコンサルティングのトリニティ株式会社
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