【日本の美意識】かわいいもの好き考察|デザイン編
キャラクター天国である日本特有の「かわいいもの好き」は、一体どこから来ているのか? 前回の「価値観編」では、その理由を書籍も参考に様々な角度から考察してみた。
【前回の価値観考察のポイント】
冒頭から余談だが、かわいいもの好きの筆者が最近かわいい!と心の中で叫んでしまったものに「ミスドポケモンドーナツ」のコダックがある。
ポケモンスリープで主役のカビゴンの方が再現しやすいだろうに敢えて難易度の高いコダックにチャレンジし(しかも横顔)、その結果、本物を超えるゆるキャラになっているところに心惹かれた。明治のアポロチョコが発売されたのが1969年であることからして、食べ物にまでかわいさを追求してしまうのは、もはや日本の伝統文化と言えよう。
ハイエンド領域にも及ぶ、日本人デザイナーのかわいさ表現
日本人クリエーターが創り出すかわいいものは、キャラクターだけではない。ハイエンドなファッションブランドの服飾表現にも「かわいい」はある。
以前書いた「常識を覆す発想でまだ見ぬ価値を作り出す『アート思考のデザイン』とは?|後編」で採り上げたコムデギャルソンは、その名の通り(フランス語で少年のように)「少年性や少女性」があることもデザインの大きな特徴である。
高級感やボディラインの美しさ、性的な魅力、伝統美といった欧州の価値観を基準にしたファッション界の常識とは真逆の美意識である。少年少女性によって、性的な魅力を排除しているようにも見える。
前回、比較文化学者の四方田犬彦氏が著書「かわいい」論の中で、欧米では未熟さを成熟への発展途上として貶下する一方、日本はそれを肯定的に賞味する伝統があると述べられていることに触れた。コムデギャルソンは、その見解を裏付ける好事例とも言えそうだ。
HUMAN MADE、A BATHING APEの創設者であるNIGO氏が、2021年からアーティスティック・ディレクターを務める「KENZO」のデザインもかわいい印象である。ご自身が日本のポップカルチャーを牽引し、世界に発信してきたことが、その表現にも反映されている。
かわいいもの好きが高じてか、或いはDNAに深く刻まれているのか、お菓子からハイエンドファッションまで無限の範囲でかわいいデザインが繰り広げられている日本独自の創造文化。
今回は、この「かわいいデザイン」の表現ついて、造形的な観点から具体例を挙げ考察してみる。
① 小さい、小さくした
② 丸い、柔らかそう、ゆるい
③ 懐かしい、拙い
① 小さい、小さくした(縮みの文化)
四方田犬彦氏は「かわいい論」で、韓国の比較文化学者・李御寧(イー・オリョン)氏が2007年に上梓した「『縮み』志向の日本人」の内容に触れている。日本文化の根底にはものごとを縮小する原理が横たわっており、それが事物をより「可愛い」「力強い」ものに変化させるという李氏の分析だ。その方法は、四方田氏による要約を引用させていただくと、込める(入れ子構造)・折り畳む(扇子)・削り取る(漢字→カナ)・詰める(弁当)・構える(能楽での動作の簡略化)・凝らせる(家紋)である。
また、同書では、日本には拡張するのではなく「引き寄せる」習慣があることも指摘されている。筆者は、この引き寄せるという感覚も親しみを感じるかわいいもの好きに繋がっているのではないかと考えた。
言われる通り日本人は、ソニーのウォークマンをはじめ、小さく精巧なものが好きで、作るのも得意である。普通よりも小さいということは、究極のかわいさを体現する赤ちゃんの特徴の一つでもある。四方田氏は著書の中で「ミニアチュール(ミニチュア)」という言葉を使っているが、その縮小技術は想像を超えるレベルに到達している。
ジオラマクリエーターMOZUさんが作る「コンセントの部屋」。あまりの精巧さに写真を撮ってもその小ささに気づいてもらえないため、コンセントの中の小人の部屋に設定したそう。部屋の使用感まで再現するとは、驚愕の技術と感性である。
資生堂が2017年に若年層に向けて発売した「SHISEIDOピコ」。化粧ポーチに収めやすいミニサイズのコスメで、人気商品となった。筆者も当時、プレゼント用に購入したが、ほとんどの色が売り切れで選択の余地がなかった。小さくてもSHISEIDOブランドの上質感があることも人気の要因だったと思う。
以前、ソニーの方に、昔は技術設計から上がったものを一回り小さくデザインするように言われていたとお聞きしたことがある。小さくすることは、かわいいものへの愛情を超越した日本人の美学だと感じた。
② 丸い、柔らかそう、ゆるい
丸みを帯びていて柔らかいことも赤ちゃんの特徴である。面長の黄金比に比べ丸顔の白銀比がかわいい印象を与えるように、ものの形も丸っこくてずんぐりしていると愛らしくなる。
1981年に誕生し、形を変えずに長年愛されているロッテの「雪見だいふく」は、赤ちゃん由来のかわいい要素を網羅している。試しに上の画像で縦横比率を図ってみたら、見事に白銀比だった。横から見ると完全な楕円ではなく少しいびつな形なところに「脱力感」があり、それがかわいさにつながっている。
2003年に発売された無印良品のロングセラー商品「体にフィットするソファ」(通称人をダメにするソファ)もこの法則に則った形をしている。人が無意識に愛着を感じる絶妙なフォルムである。これをデザインしたプロダクトデザイナーの柴田文江氏の作風自体がそうであると感じる。丸みを帯びたプロダクトは他にもたくさんあるが、同氏のデザインの場合は、角Rを大きく取りぷっくりとさせたフォルムを特徴としているので、かわいらしく優しい印象がある。
柴田氏がデザインを手掛けた「オムロンの電子体温計」(2004年発売)
同じく同氏がデザインした「クラシエのma&me Latte」のパッケージ(2018年発売)
脱力感やゆるさもかわいさのポイントである。「隙があるように見える」ことが安心感を与える。近年は、Appleのデザインが模範になったこともあり、隙のあるゆるいフォルムというのはあまり見掛けなくなってしまった。(昔のApple製品にはドラクエのスライムのような形をしたAirMac Base Stationというのもあったのだが…)
日産自動車が1987年に小ロット生産した小型車「Be-1」は、今見ても新鮮でかわいいデザインである。丸みに加え、余計なひだを入れず単純な形にしているのでゆるく感じる。気ままなドライブを想起させるこのカーデザインは、頑張り過ぎるのを望まない今の時代の方がフィットするような気もする。
1989年発売の「PAO」。パグ犬を彷彿とさせるデザイン。
1991年発売の「FIGARO」。リアのアールの掛け方も絶妙。
③ 懐かしい、拙い
デザイン表現において「懐かしさ」もかわいさになり得る。レトロなデザインには、その時代にまだ生まれていない世代も魅了する魔力を持っている。石塚硝子が2018年に発売し、ヒット商品になった「アデリアレトロ」のテーブルウェアもそうだ。同社の20代の女性社員たちが商品化したらしく、実際に彼女らの読み通りこの商品が若い世代の心を掴んでいる。
昔のデザインが今の人に受けるのは、「拙い」(つたない)からだ。とりわけZ世代は、生まれた時に既に高い技術で作られた高品質なものに囲まれていたため、昔の(今見ると)「完璧ではないもの」に特別感や情緒を感じるのだと思う。
大阪のガラス作家Paraglassさんが制作する「ラムネペン」。2021年に文具女子博に出品したことをきっかけに若い女性を中心に人気を集め、入手困難になっている。昭和レトロなラムネの瓶をモチーフにしたデザインで、昔のガラスの濁りや歪みや気泡が入っているところに愛着が湧いてくる。カラカラ音がするビー玉もこの商品の魅力だ。
アイデア公募の作品を具現化したもの凄い再現性の「みたらしだんごペン」。デジタル時代にペンにインクを付けて書くことに価値が見出されている。
ガラス細工特有の「ゆらぎ」もかわいいという感情や愛着を喚起する。ゆらぎは、曖昧さを否定しない日本文化が大切にする要素である。かわいいと評価して良いのか微妙だが、富士フイルムが2019年に発売したミラーレスカメラ「X-Pro3」の天面のデザインにもそのゆらぎが表現されていた。
天面と底面に「チタン」を採用。チタンは最新のiPhoneにも使われる金属で、軽量で強く変形しにくいが、プレス成形時に変形しやすく均質に精度を出すことが難しいという欠点を持つ。このカメラでは、職人の手作業で量産品としての精度を出しつつ、表面に現れるわずかな「歪み」を味として見せている。歓喜するかわいさとは訳が違うが、このゆらぎの表現も愛おしく思われそうだ。じんわりと心に染みるかわいさと言ったところか。。工芸品としての価値もある素敵なデザインである。
平和をもたらす「かわいさ」の享受
四方田犬彦氏は「かわいい論」の中で、米国の映画評論家ドナルド・リチー氏が、日本人が未成熟なものに愛着を示し、自らも子供っぽい自己イメージを周囲に提示したがることに触れて、連合軍総司令官のマッカーサーが「日本人は十二歳の国民である」と発言したことに言及したことを採り上げている。また、かわいいもの好きに関して、他者依存のための戦略としての媚態という社会学者の見解もあることにも触れている。
それは確かに一理ある。かわいいもの好きが自立心を阻めていることも考えられる。だが、平和をもたらしているとも思う。
昨今の世界情勢を鑑みると、脳天気なことを言っているようで不謹慎と思われてしまいそうだが(そんな呑気なことを言ってられないのかもしれないが)、かわいいと思う感情には、幸せホルモンであるオキシトシン(愛情ホルモン)を分泌させるウェルビーイング効果もあることから、これからも日本のクリエーターの中かわいいもの好きなクリエーターの方々には日本独自のポップカルチャーとしてのかわいいデザインを通してその「幸福感」を世界中の人々に分かち合っていただきたい。
NewsPicksトピックス 2023.11.26掲載記事より転載(筆者:本人)
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