ピンチは創造のチャンス!?「逆境をバネにした」デザイン
海外でも人気が高く、昨年北米での生産体制も整えた山口県岩国市の旭酒造の純米大吟醸「獺祭」が、杜氏(酒造の全工程を取り仕切る職人)の勘や経験値に頼らず、IT制御で造られていることは、イノベーション事例としてよく知られている。
また、「ピンチをチャンスに変えた」ことでも注目される。新規事業の不調で経営悪化に陥り、杜氏たちが去ってしまうという絶体絶命のピンチを契機に、それまで彼らが担ってきた温度管理などの匠の技を全てデータで管理する製造法を実現させ、高品質と高生産性を両立させることに成功した。今で言う「DX」を早くから実践していたことにもなる。
アメリカの3M(スリーエム)の「ポストイット」の誕生秘話も語り継がれている。強力な接着剤の研究開発過程で偶然できてしまった剥がすことのできる接着剤を有効化し、大ヒット商品に発展させた。「失敗は成功のもと」「怪我の功名」「転んでもただでは起きない」などの格言の具体例と言えそうだ。
このように苦しい状況に追い込まれた時の「発想転換」が、イノベーティブな商品や新しい表現を生み出すことがある。違う言い方をすると、創造力がピンチを救うということにもなる。
発想転換と言ってもすぐにナイスなアイデアが閃くとは限らない。ポストイットの開発者が、紙の栞が本からすぐに落ちてしまう自身の体験から剥がせる接着剤の用途を思い付いたように、日頃から潜在ニーズにアンテナを張っていることが必要だ。また、獺祭のケースのように未来を予見する感性も力になる。
近年の商品にもそのような「逆境をバネにしたデザイン」がある。
ユーザーの間や異業種で起きているトレンドやその要因となる価値観をキャッチしていることが窺えるデザインである。
【逆境=原料高】自分でデコれる余白を残したイチゴのないショートケーキ
食品の原料価格の高騰が製造業を苦しめる一方で、クリスマスケーキは年々豪華になり消費者の期待値も上がっている。ローソンは昨年、そのジレンマを克服する名案を出した。トッピングのない「シンプルショートケーキ」である。後から自分でデコレーションできるように余白を残すことで価格を抑えた(6号で2,490円)。
見事な発想転換である。この商品を知った時に一昨年のShibuya109 lab.のトレンド大賞(15~24歳女性を対象に調査)のカフェ・グルメ部門の2位に選ばれた「JKケーキ」が頭に浮かんだ(JK=女子高生)。
市販のスポンジケーキにクリームを塗り、コンビニで買えるペロティチョコやたべっ子どうぶつで飾り付けをした即席の手作りケーキだ。ローソンの商品開発者もこのJKケーキが若い女性の間で流行っていることを思い出したのではないだろうか。実は筆者も遠~い昔の学生時代に友人らとデコレーションケーキを作るのをイベント化して楽しんだ思い出がある(遠い目)。実体験があるのでローソンのケーキの価値が手に取るようにわかる。
ローソンのケーキのアイデアは、イソップ物語の「北風と太陽」の発想に似ている気がする。旅人のコートを強風で吹き飛ばして強制的に脱がせようとして失敗に終わった北風に対し、太陽は日差しで暖かくすることで旅人が自らコートを脱ぎ成功したお話。
この物語には「説得は暴力に勝る」という教訓があり、人事の話によく応用されている。が、「力ずくで商品を何とかするのではなく、ユーザーの自発的な行為を促し価値を委ねる」という観点で、デザインを考えるにあたって大いに参考になると考える。
【逆境=製造ミス】切り間違えたパーツから創り出された高性能なアイウェア
アメリカの人気アイウェアブランドのオークリーが昨年発売した「Space Encoder」は、製造ミスから生まれた奇跡の製品。別商品(Oakley Kato)の製造過程で誤った形にカットしてしまったレンズのその独特な形状を活かして作られたそうだ。
「怪我の功名」とはこのことか。レンズと顔の距離を極力縮め、運動時のパフォーマンス性を高めたOakley Katoの特性を持ちつつ、攻めたデザインでファッション性も向上させることに成功している。
↑このOakley Katoのレンズカットの失敗が新商品を生んだ。
このオークリーの事例は「アップサイクル」である。通常のリサイクルとは異なり、廃棄物や不要品をデザインによってより魅力的なものにする、創造的再利用とも呼ばれる行為である。近年は、製造時に出る端材をうまく使ってユニークな新製品を作る生産活動が増えているが、オークリーのように製造ミスのパーツを活用するというのはこれまで聞いたことがなかった。
思えば、古くから空の牛乳パックで工作をしたりとアップサイクルは日常的に行われている。工作とは違って品質検査を通らなければいけないメーカー品でオークリーと同じようなことを実現させるのはそう簡単ではないだろうが、失敗から創造するという発想転換は見習うべきところがある。
【逆境=衰退産業】お香と一体化させることで新しい商品に生まれ変わったマッチ
日常的に利用する機会が激減し、市場が縮小したマッチを時流に合ったライフスタイルアイテムに昇華させた兵庫県の神戸マッチの「hibi 10 MINUTES AROMA」。マッチの軸をお香スティックにし、マッチを擦る要領で着火し香りを楽しめるようにした商品。気分転換に使える10分間の制限時間も価値として訴求。この商品開発は衰退産業を優れた発想転換で復活させたイノベーション事例として多くのメディアに採り上げられている。同郷である淡路島の線香メーカー大発と協業し実現させており、地場産業を活性化させた成功事例としても注目される。
同社はそれまでにもマッチのパッケージをお洒落にするなどの改良を図ってきたが、事業を再興させるレベルには至らなかったようだ。そこで、着火するというマッチの特性に視点を移し、お香と一体化することを思い付いたそう。
開発者は無意識に「アナロジー思考」を行っていたのではないだろうか。アナロジーは日本語で言うと類推で2つ以上の物事の共通項を見出すことである。共通項は物事の表層的な特徴ではなくその奥にある特性を対象にする。アナロジー思考はその抽出から新たなアイデアを生み出す発想法である。
アナロジーのわかりやすい図解(↑)を、一般社団法人こたえのない学校のサイトから引用させたいただいた。
神戸マッチのマッチ式アロマスティックの場合もライターに置き換えられる火をつける道具の範疇で対策を練ることから思考を変え、異業種であるお香との共通項(スティック状で燃えてなくなること、その様子と時間の経過を楽しめること)を見出すことで今までにない新しい商品と提供価値を創り出すというアナロジー思考を実践している。こうした発想転換も窮地の時に限らず、商品開発のブレイクスルーに有効かと思われる。
ピンチは創造のチャンス!? ウェルビーイングにも大切な前向きな思考
今回は、前向きな発想転換でピンチをチャンスに変えた成功事例を採り上げ、その発想がどのようなものであったか考察してみた。
商品開発における逆境をバネにした事例について書いたが、もしかしたら同様の思考を一人ひとりがより良く生きるためのウェルビーイングに応用できるのかもしれない。今まさに逆境にある能登半島地震の被災者の方々にもエールを送りたいと思い、書かせていただいた。
水の循環システムを作るスタートアップ企業の「WOTA」が被災地に届けた循環型シャワーの運用を買って出た中学生の取材をテレビ*¹で観た。自身も被災者でありながらシャワー使用の予約管理などをボランティアで行っていた。表情がとても活き活きとしていた。まだまだ多くの方々が大変な状況にあるので心が痛むが、あの少年がこの逆境の中、未来の自分を見つけたのではないかと期待している。
《脚注》
*¹ テレ東・ワールドビジネスサテライト 「密着 被災地で奔走するスタートアップ」2024.1.11
NewsPicksトピックス 2024.1.14掲載記事より転載(筆者:本人)
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