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常識を覆す発想でまだ見ぬ価値を作り出す「アート思考のデザイン」とは?|前編

「デザイン思考」の思考法があらゆる分野に行き渡り、最近では「アート思考」が創作活動において注目されている。前者が顧客のニーズを起点に解決策(答え)を導き出すのに対し、後者は既成概念に囚われず、自分が主体となり「問い」を立てるところから始まる提案型の発想法である。

筆者の解釈によるデザイン思考とアート思考の特徴

ChatGPTなどの生成AIの急速な発展も影響していそうだ。人間が答えを出す必要が少なくなる可能性がある一方で、「問う力」が求められている。精度の高い回答を引き出せるかは、プロンプト次第だからだ。

また、先の予測が困難なVUCAの時代(不確実な時代)と言われ、パンデミックでそれを実感した今、現状のニーズ起点の発想だけでは万全でなくなったことも関係がある。そうした背景も要因となり、アート思考の「既成概念に囚われない発想」の必要性が認められ始めている。

いらすとやの作品 https://www.irasutoya.com/2020/11/vuca_1.html VUCAは、変動性・不確実性・複雑性・曖昧性から成る言葉

昔の製品開発は、アート思考で行われていた

デザインの仕事に就いている立場からすると、デザイン=デザイン思考、アート=アート思考と認識されることに違和感を覚える。何故なら、クリエイティブ職の人たちは元々アート思考をしているからだ。

一昔前は、マーケットイン(顧客ニーズ起点)、プロダクトアウト(企業/作り手発信)という言葉が使われていた。デザイン思考とアート思考は、その発展形ではないだろうか。

マーケティングの考えがデザインにも採り入れられるようになった2000年代以前は、大半がプロダクトアウトだった気がする。作り手が「あったらいい」と思うものが具現化されたので、イノベーティブなものも多かった。ソニーのウォークマン然り、アート思考の説明に過去の事例が挙げられるのはそのためだと思う。

出典:https://www.sonypark.com/ginza/015/

前編の目次
・最近の人気商品に見るアート思考のデザイン
・現代アート作品の考えに相通じるデザインアプローチもある
・未来動向を予言する側面もある現代アート
・前編のまとめ|筆者が考えるアート思考の2つの方向性


最近の人気商品に見るアート思考のデザイン

出典:https://www.nintendo.co.jp/ring/index.html

最近のヒット商品もアート思考によって生まれている。ウィズコロナ生活が追い風となり人気を博した任天堂の「リングフィットアドベンチャー」もそうだ。運動不足を解消したいが運動は嫌いで楽しくできたらいいという開発者の無理ゲーな願望から実現したそうで、これはまさしく自分起点で課題を見つけるアート思考だと感じた。

元々のきっかけは、私自身が運動不足を感じてしまったことです。ある時、長時間座りっぱなしになることがあり、その際になんだか身体中が痛くなってしまったんです。おそらく血の巡りも悪くなっていたのだろうし、これは自分の年齢を考えるとマズイぞ、と。

でも、運動をするのが大嫌いなんです(笑)。体育は本当に苦手でした。ゲームは大好きなので、「ゲームをしていたら、いつの間にか運動してしまっていた」みたいなゲームが欲しいな、と考え続けていたら、「RPGと相性がいいのでは?」、と思えてきたんです。

任天堂公式サイト「開発者に聞く『リングフィットアドベンチャー』より

https://topics.nintendo.co.jp/article/e115dc48-07de-4a31-aed1-ad65b3cbeb64

運動のゲーミフィケーションという解決策を導き出していることはデザイン思考的である。だが、開発者自身の内側から出た考えや感情を発想起点としている点で、アート思考のデザインと言えそうだ。

健康に良い運動と健康に良くないイメージを持たれるゲームという相容れない事柄を結び付ける発想もアート思考的である。事実の観察や洞察からは、こうした「発想の飛躍」はなかなか生じ得ない。その点で言うと、ポケモンGO(外を歩く)やポケモンスリープ(よく眠る)も同様である。

ゲームは、開発者自身が楽しいと思えることが重要そうなので、アート思考によるものがほどんどだろうが、2005年に発売されたニンテンドーDS用のゲームソフト「脳トレ*¹」は、新規顧客を開拓したい企業側のニーズと、同時流行っていた「川島隆太教授の脳を鍛える大人の計算ドリル」に見られる潜在顧客の脳トレのニーズを合致させて生み出された*²ことから、発想自体は顧客のニーズ起点でデザイン思考的と言えるのかもしれない(この場合、リングフィットアドベンチャーとアウトプットの革新性に相違はないのだが…)。


現代アート作品の考えに相通じるデザインアプローチもある

アート思考は一般的に、芸術家の思考プロセスをアート以外のことに応用する思考法と定義されている。なので、芸術作品に触れる必要性は謳われていない。だが筆者は、アート作品にインスパイアされることもアート思考に含まれるのではないかと考える。

出典:https://supreme.com/previews/springsummer2023/accessories/https://supreme.com/previews/fallwinter2018/accessories/

米国のスケートボード&ストリートファッションブランドのSUPREME(シュプリーム)は、新作発表の度に異業種コラボ商品を展開している。写真のカラオケ機器(米Singing Machine社)や脚立(長谷型工業)はその一部で、マジックインキ(パイロット)などの文房具のSUPREME版も出している。実用品(道具)を同ブランドの目印である赤色にしてロゴをバーンと入れたデザインで、それで価格は、オリジナル品の何倍にも跳ね上がる。そのため批判的な見方もされるが、身近な道具の表面をSUPREME仕立てにすることで、そのものの印象や価値が大きく変わることを示した表現だと筆者は捉えている。

1960年代のアメリカの大量生産/消費社会を皮肉ったアンディ・ウォーホル氏のシルクスクリーン作品に近いものがあると言ったら大袈裟か。ウォーホルは「芸術作品の量産化」を図り、これまでの芸術の常識を破った。SUPREMEの商品は芸術作品ではないが、ウォーホルが作品に込めたアイロニーをデザインで表したような印象がある。

出典:https://www.warhol.org/

果たしてSUPREMEがウォーホルの影響を受けているのか定かではないが、現代アートの思考や物事の見方を製品デザインの表現に垣間見るので、それもアート思考の方法論の一つだと感じた。


未来動向を予言する側面もある現代アート

製品開発者にとって「未来予測」はキラーワードである。技術動向などの複数の影響要因から仮説を立てるのが普通だが、芸術家の感性に頼ることも一つの策としてあるのかもしれない。

出典:https://www.facebook.com/KaikaiKikiCoLtd/photos

村上隆氏は、2000年に「スーパーフラット」という概念を提唱した。浮世絵や淋派などの日本の伝統美術と現代の漫画やアニメなどのポップカルチャーに共通する「二次元的な表現」に着目し、日本におけるハイカルチャーとローカルチャーの境目の曖昧さや、日本社会での階層性のなさを象徴するものとして捉えた概念である。

その後、2010年代半ばくらいから高級ファッションブランドがストリートカルチャー(路上文化)のエッセンスを採り入れ若年化した。iPhoneに至っては、学生から超富裕層まで属性関係なく普及している。ハイ&ローのクロスカルチャーやボーダレス化は、世界的な現象となった。

出典:https://jp.burberry.com/

バーバリーの2018年/2019年の商品。伝統的なブランドにもその変化の影響は及んだ。


前編のまとめ|筆者が考えるアート思考の2つの方向性

今回のこの前編では、アート思考について筆者が「デザイン」の観点から考えたことを書き連ねた。まとめてみると、

と同時に、

と考えた。

アート思考による発想は、斬新でもあるため会議で即却下される可能性もある。個々のひらめきを活かすには、チームや組織の「心理的安全性」(集団の中で非難や拒絶の不安がなく安心して自分の意見を発言できる状態)があることも大前提となる。

次回の後編では、アート思考のデザインの「発想の切り口」にフォーカスする。具体例に見られる以下の3つの視点から考察し、理解を深めたい。

① それまでの常識に逆らう、裏をかく
② 掛け離れた要素を融合する
③ 逆説的に発想する

つづく…

《脚注》
*¹ 正式名称は、脳を鍛える大人のDSトレーニング
*² 参考文献:ねとらぼ「なぜ短期間で大ヒット作「脳トレ」ができたのか――任天堂 島田健嗣氏講演リポート」2007.3.12

NewsPicksトピックス 2023.11.4掲載記事より転載(筆者:本人)


最後までお読みいただき、ありがとうございました。(o^∇^)ノ

人々や社会を幸福にする手段としてデザインを捉え、気づきを発信しています。デザインの面白さや可能性をデザイナー以外の方々にも感じていただけたら幸いです。
普段は、デザイン、カルチャー、ライフスタイルの観点から消費者価値観や市場の潜在ニーズを洞察し、具体的な商品/デザイン開発のアイデア創出のためのコンセプトシナリオ策定や トレンド分析を行うデザインコンサルティング業務を担当しております。
お仕事のご相談の他、ちょっと聞いてみたいことがあるなど、お力になれることがございましたらmie_shinozaki@trinitydesign.jpまでお気軽にDMください😀

トップ画像は、「てがきですのβ」のイラストに筆者が描いたウォーホルの絵を組み合わせて作成いたしました。


ひとの想いから、ビジネスをかたちにする。
デザインコンサルティングのトリニティ株式会社

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