"デザインの敗北" から考えてみる「ユーザーフレンドリーなデザイン」
先日、「デザインの敗北」がX(旧Twitter)でバズっていた。
テプラ攻めにされたことが話題になったセブンイレブンのコーヒーメーカーを発端に、見た目を優先したがためにわかりづらくなってしまい残念な結果となるデザインに、このレッテルが貼られるようになってしまった。
これは、デザイナーにとって屈辱的だ。特に、補足のために貼り紙をされるのは、たとえデザインに非があるとしても気の毒に思う。
だが、デザイナーにとっての良い教訓になる。
自分たち(設計者)にはわかりにくいと思わないことが、他の人たちにはわかりにくいことがあるということに気づかせてくれるからだ。(そういうことは往々にしてある)
筆者もデザインの仕事に携わっているので、そちら側にいる人間なのだが、日々数々のデザインを目にする中で、何故これが最終案に残ったのか!?と疑問に思うものはある。
が、同業者なのでそれは伏せておくとして、この「デザインの敗北」を起点に、ユーザーにとってわかりやすい&使いやすい「ユーザーフレンドリーなデザイン」とはどのようなものなのか、改めて考えてみる。
まずは、ネット上でデザインの敗北とされているものを分類してみよう。
パッケージやサインなどの「情報伝達」
例:ローソンのPB商品パッケージや、商業施設のトイレなどの案内用サイン
群として見えるよう統一感を持たせ、うるさくならないよう穏やかな表現にしたことが仇となり、商品が判別しにくくなってしまったパッケージデザイン。パンや牛乳などのデイリーフーズは、英語表記を日本語よりも大きくしていたので混乱を招いた。特に納豆は、種類の見分けがつきにくかった。
商品が発売された翌年の2021年に、一部の商品のパッケージデザインを変更。納豆のラベルも日本語表記を目立たせ、イラストも写真に変更。優しいイメージそのままにわかりやすくなった。イラストが大きく入ったカップ麺のデザインなど、個人的には好意を持っているが、食品はやはり「シズル感」も大切なので、写真表示が得策なのだろう。
プロダクトの「ユーザーインターフェース」
例:R=Regular~普通サイズ、L=Large~大きいサイズの表示がわかりにくかったセブンイレブンのコーヒーメーカー
先ほどのローソンPBのパッケージ同様に、不特定多数の人が利用するものを英語表記にしたことも災いを招いてしまった。コンビニは、外国人観光客も利用するので英語表記も必要だが、ユーザーの大半は日本人なので、日本語表記は不可欠だった。(この押し間違い問題は、2018年にカップを置くと自動判別するタッチパネル式のマシンが導入されたことで無事に解決している)
筆者が前々回に書いた "やみつきになる触感で魅了する、デジタル時代の「物理的なUXデザイン" でも採り上げた、TOTOのウォシュレット用のエコリモコン。若干、英語表記が海外の人を混乱させそうではあるが、日本語表記がプロダクトの美観を損なうことなく、上手く収まっている。
わかりやすい例と言えるかは微妙だが、VOLVOのクルマの昔のエアコンスイッチは、座っている人の「ピクトグラム」で判別しやすくしていた。コーヒーメーカーのボタンも、文字ではなく絵にしたらわかりやすくなったのかもしれない。(VOLVOはタッチパネル導入後もこのピクトグラムを画面上で継続させている)
プロダクトの「ユーザビリティ」
例:ダイソンのハンドドライヤー付き水栓金具
ハンドドライヤーを一体化したダイソンの水栓金具、Airblade Wash+Dry。手を洗ってすぐにその場で乾かせるようにした点でユーザーフレンドリーだったが、見たことのない形でそれが伝わらず、「風が出ます」と打ったテプラを貼られてしまうケースもあった模様。確かに、事前に知らされていないと水を出すためのレバーかと勘違いしてしまうかもしれない。
水と風のアイコンをエンボス加工で入れたら伝わっただろうか。形を見て使い勝手がすぐにわかるのが理想だが、このケースはどうすれば良いのか考えるが難しい。
ダイソンのコードレスステッククリーナー(掃除機)は、その点、よく考えられていた。
最新モデルでは、電源スイッチがボタン式になったが、それまでは「トリガースイッチ」を採用していた。銃の引き金のように引くと作動し、離すと止まる。この動作に持ち手を握る力を利用できるので理に適っていた。握力の弱い人のことを考慮してボタンに変えたのだろう。だが、自然に受け容れられるトリガースイッチの方が、ユーザーフレンドリーだったと筆者は考える。
概ねこんな感じだろうか。ユーザーに指摘される敗北要因は、「直感的にわからないこと」に集中している。ネットで取り沙汰される事例は、デザイン評価が高く著名なデザイナーや企業が手掛けたものが多い。それ故に、見た目の良さばかり気にして肝心の使い勝手がなっていないじゃないか!と言いたくなってしまう気持ちもわからないではない。が、デザインの意匠性と機能性は、必ずしもトレードオフの関係にあるわけではない。意匠性に優れ、直感でわかるデザインも存在する。
現在Niantic Labsでデザインアーキテクトを務めるスーザン・ケア氏が、Appleに在籍していた80年代前半にデザインした、Macintosh用のグラフィックアイコン。
パッと見て使い勝手がすぐにわかるようにしたピクセルデザインのアイコン。
1986年のOS更新で、削除したいファイルをゴミ箱にドラッグすると、ゴミ箱が膨らむようになった。(定かではないが、サードパーティのアイデアを採用してこのようにしたと何かで読んだ気がする)
ゴミ箱に入れて捨てるという日常的な行為を引用していること、入れるとゴミ箱が膨らむというインタラクションがあること、このどうすればユーザーが説明なしでもすぐに理解できるかをシンプルに具体化したこの表現が、ユーザーフレンドリーなデザインのお手本ではないかと考える。
意匠性に優れ、直感でわかるユーザーフレンドリーの代表例を一つ挙げるとしたら、わたしはこれだが、他にも同じように優れたデザインはある。上記の3つの視点それぞれに呼応する事例というわけではないが、それらも念頭に置きつつ、以下の観点でまとめてみた。
① 買ってから最も知りたい情報を見やすくしたパッケージ
② それが必要なユーザーの状況を考慮したパッケージやプロダクト
③ なおざりにされていた使いにくさを解消したプロダクト
① 買ってから最も知りたい情報を見やすくしたパッケージ
2015年にマルハニチロが発売した「ロングライフチルド」。出来立ての美味しさを長く保つことを実現させた冷蔵食品で、10℃以下で45日間保存可能な文字通りロングライフな商品だった。近年、フードロス削減が食品業界の重要課題として急浮上しているので、それ以前に終了してしまったことは本当に残念だ。この商品は日持ちする中身だけではなく、賞味期限切れのうっかりがないようにパッケージも工夫されていた。
食品の賞味期限がどこに記載されているのか探すのにいつも苦労する。この商品は、ラベルの上面に大きめの欄を設けている。さらに、短手方向の側面にも大きなラベルを貼り、冷蔵庫から出さずに商品名と賞味期限がわかるようにしている。これがスタンダードになればと思う。
先のローソンPBのデザインに話を戻すと、店頭でわかりやすくすることももちろん重要だが、このように購入後に必要な情報をわかりやすくすることも大切である。特に、食品などの日常的に消費するものはそうだ。間違えやすいシャンプーとコンディショナーの容器のデザインにも当てはまる視点だ。
② それが必要なユーザーの状況を考慮したパッケージやプロダクト
2013年に発売された、みやざきタオルの「今治レスキュータオル」。火災避難時に煙を吸い込まないように口と鼻を覆うために開発された製品で、精製水を筒状のタオルにしみ込ませている。
注目点は、アルミパウチのパッケージの切り込みだ。非常事態でパニックに陥っていることを考慮し、慌てていても開けられるよう袋の4辺に計10ヶ所の切り込みを入れている。普段、平常心でも小袋を開けるのに失敗するので、防災用品がこうなっている親切さを身に沁みて感じる。パッケージの形に凝るのではなく、切り込みというシンプルな方法で対応した点も素晴らしい。
米国のキッチンウェアブランドOXOが2001年から販売している「アングルドメジャーカップ」のデザインも、利用時のユーザーの状況から導き出されたものだ。斜めに目盛りを付け、腰をかがめずに液体を計れるようにしている。ユニバーサルデザインの代表例でもある。斜めの目盛りの形状が、注ぎやすい形でもあり便利だ。筆者も愛用している。
③ なおざりにされていた使いにくさを解消したプロダクト
ドイツの水栓金具ブランド、ハンスグローエの「CoolStart」(2014年発売)。レバーを正面に向けると冷たい水が出て、左に回すと徐々に熱いお湯が出るようにしている。
一般的な混合水栓は、冷水を出すのにレバーを右に回さなければいけない。レバーを上げると水が出るので、レバーのベストポジションは正面だが、その場合35度くらいの温水が出ることになる。季節によっては「熱っ!」となることもある。そこでハンスグローエは、CoolStartの名が示す通り、最も使いやすいレバーのポジションで冷水から始まるようにしたのだ。
その方が合理的である。特許を取得している可能性も高いが、未だにこの方式が標準化していないのが不思議なくらいだ。無駄に温水を出すこともなく、環境にもお財布にも優しいというメリットもある。
使う人の身になって考える「親切設計」も、商品の魅力に
わたしも昔、インテリアデザインの仕事に就いていた頃には、とにかく美しいデザインを目指していた。ある時、担当した店舗の引き渡し直後にお店のスタッフの方たちが、接客カウンターにシフト表をセロテープでペタっと貼ったのを見てがっかりした。同時に、そちらの方がリアルだと感じた。近年よく言われる「人中心の設計思想」は、当時まだ明文化されていなかったが、今思うとその時にその重要性に気づいたということなのかもしれない。
デザインの敗北というネット上での審判も行われていることから、今のデザイナーは大変だ。人中心の設計を心掛けていても、デザインの過程で実際のユーザーの感覚とずれてしまったり、見落としてしまうことはあるだろう。
例に挙げたロングライフチルドやレスキュータオルのパッケージは、本当によく気がついたと感心する。ユーザーフレンドリーなデザインも商品の魅力となる。必ずしも売上につながるとは限らないが、大事なことだ。デザインは人とものを結ぶ接点であるから、それを手掛ける人たちにとって大切にすべき視点である。
NewsPicksトピックス 2023.10.15掲載記事より転載(筆者:本人)
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普段は、デザイン、カルチャー、ライフスタイルの観点から消費者価値観や市場の潜在ニーズを洞察し、具体的な商品/デザイン開発のアイデア創出のためのコンセプトシナリオ策定や トレンド分析を行うデザインコンサルティング業務を担当しております。
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トップ画像は、「てがきですのβ」のイラストに筆者が描いたゴミ箱の絵を組み合わせて作成いたしました。
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デザインコンサルティングのトリニティ株式会社
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