哲学科を考えている人へ(または高校時代の自分へ)
1、はじめに
「哲学」あぁなんて素晴らしい響きだろうか
知恵(Sophia)を愛する(philein)ものの名を持つ学問である哲学は、人々の素朴な疑問である「真実とは何か」「善とは何か」などという問いを解決するために生まれて以降、数多くの天才を産んできた
ソクラテス、プラトン、アリストテレス、アウグスティヌス、トマス・アクィナス、デカルト、ヒューム、カント、ヘーゲル、キルケゴール、ニーチェ、ドゥルーズ、フーコー、サルトル、フッサール、ハイデガー、ウィトゲンシュタインなどなど………
パッと思いついただけでもここ2400年くらいでこんなにも多くの天才が生まれているが、2400年前からずっと同じテーマについていろんなことを考え、発表している。
哲学(人文科学全般?)の面白さはここにあって、いまだに私たちは善ってなんだ?と考えるし、それを考える時にはプラトンやアリストテレスの議論を参考にすることがある。
しかし自然科学に目を移すとプラトンたちより少し前の時代のピタゴラスは当時では世界一数学ができる人間だったかもしれないが、現在ではピタゴラスの定理なんて中学生も知っていることなので振り返る価値は薄い(たぶん、数学科の人もし違っていたらごめんなさい)
この普遍性の違いが私が哲学が面白いと思った面であり、哲学科に行きたいと考えた理由の一つであった。
2、哲学科って何を勉強するの?
哲学科に行こうと考えている人はもしかすると人生上の悩み(死とはなにか、善とはなにか)などがあって、哲学を学べばそれを解決してくれると思っている人がいるかもしれない。実際私が哲学科で勉強していたとき、そういう学生はいた。しかし、そんなに切実な悩みを抱えた人にとっては哲学科は退屈なものになってしまうことだろう。
哲学科で学べる講義は主に哲学史の授業であり、テーマごとに話す時は「○○学概論」、時系列的に話すときは哲学史という講義名で、『○○はこう言ったそれに対して××はこう言った』という授業で答えなんて教えてくれない。(というか答えなんて見つかってないことだらけ)
もし、手っ取り早く答えが知りたいなら自己啓発本とか宗教に切り替えた方が答えはあっさり"見つかる"だろう。
3、哲学科はどんな人がいるの?
哲学科に来る人は変な人が多い、というのは嘘だ。少なくとも私のところはそうだった。
哲学科に来る人は何故か自分たちは変だと信じている。(もしくは、変だということにしたい人がいる)
変と言っても、常に和服?を着てたり、オレンジの派手なパーカーを年中着てたり、悟りを開こうと絶食して病院行ったりするくらいだ。確かに社会性はなさそうな人が多かったのは認める。
教授たちもまあ他の学部教授と同じようなもので、変なヒゲを生やしているおっさん、ひたすら能とか狂言を流しつづけるおっさん、何言ってるかよくわからんおっさん、酒飲み続けてるおっさんなどなど、他に比べて社会性がなさそうな人が多いくらいだ。
しかし、哲学科に来る人たちは真実とか正義とか思想について変に真面目な人が多いので刺激的な体験はできると思う。
哲学科の学生は講義を通して多くの天才たちの思想に触れ、刺激的な人たちとゼミの場やお酒の場などを通して議論を深め、4年くらいかけて(授業をサボる学生が多くて5、6年生もそこそこいる)興味を持った思想について卒論を書いていくのだ。
4、ぶっちゃけ就職とかどうなの?
哲学科に行きたい!と周りにその意思を伝えた時に、いちばんされる反応が「就職どうするの?」だ。(私調べ)
工学系や教育系の学部だったらその分野の仕事に直結する勉強をするだろうから就職には困らなそうだし、理系は全般的に就職に強いというウワサだ。
それに比べて文系学部は就職してから役に立たないということで、文系学部なんて廃止するべき!という意見もある。就職予備校と化している大学の中で哲学科は特に肩身が狭い部類に入る。
経済学部や経営学部などの"なんとなく"印象がいい学部と違い、哲学科は世間から離れたことを学ぶ印象を抱かれている。
同じ文学部でも歴史学科や仏文、日文などは塾講師や教員になる時に役に立ちそう、ということで将来のビジョンが見えなくもない。哲学科は倫理の教員ぐらいしか役に立つ未来が見えない。
私の周りの実際の就職状況はどんな感じだったかというと、
飲食業、営業マン、教員、パチンコ屋、自衛隊、フリーター、ニート、大学院etc
哲学が役に立つ仕事に就いてる人は皆無だった(教員も倫理ではなく世界史かなんかだったと思う。)
結論:就職は弱いの選択肢が広いです!!!!!
5、おわりに
哲学科について色々書いたが、私は哲学科に行ったことに後悔はしていない。
確かに就職に苦労はしたし、親戚が集まった時に「何勉強してるの?何の意味があるの?」と聞かれた時に困ったりはした。
しかし、哲学科に行って「真実や善」といったなかなか真面目に話す機会がないテーマについて、自分の考えていたことを教授や同期にぶつけてみたり、それをまとめて卒論を書いたりした時間はとても充実していた。
現代人は手段の目的化が進みすぎている。
あくまで幸福になるためのいち手段にすぎない金を稼ぐために大学に行き、そのために勉強したくもないことを勉強する。そこにどれほど意味があるのだろうか。
幸福についてJ.Sミルは
と述べている。
多少就職で苦労するかもしれない。親戚の中で肩身が狭いかもしれない。同窓会で奇異の目で見られるかもしれない。
しかし、もし本当に哲学科に行きたいと思うのであれば是非行ってほしい。
大学生という人生でいちばん自由があってやりたいことがやれる時間に哲学をしないなんてもったいない!!!!