禅語「柳緑 花紅 真面目」
高校生のころに出会い、何度も挫折や脱落していた茶道を学びなおすことになりました。
お茶のこと、お華のこと、掛け軸や茶器、茶道具などなど茶道にまつわるあれこれに興味があり、聞けば聞くほど深く頷け、ため息がでるようなしみじみとする喜びに満たされます。
なかでも掛け軸に書かれた禅語には、心ひかれ、実際は拝見しただけでは読めないことも多々あるのですが、言葉をしり、意味をしることで脳内にフワーッと花が咲くような気持ちになるものが多い。
5月の半ば、初めて伺ったお稽古での掛け軸には「柳緑 花紅」と書かれていました。
こちらは蘇東坡(そとうば)という宋の詩人が書かれたもの(『東坡禅喜集』より)で、「柳緑 花紅 真面目」と続く。
「柳は緑であり、花は紅であり、これが本来ありのままの姿である」
あるがままの姿が美しく、そこに尊さがある。
生きていると、さまざまなバイアスが気づかないうちにかかってしまうことが多い。色眼鏡でみることなくあるがままをみること。
それを日々わすれないようにしたいなと思う。
柳は紅にはなれない、柳は柳らしく瑞々しい緑で揺れている姿で美しいように、自分自身にも不要なダメ出しをすることなく、あるがままの自分をちゃんと愛おしく許すことも大切ですね。
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