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椎名誠と「パタゴニア」

椎名誠とのつきあいも、もう40年余りになる。いやご本人にお会いしたことはない(昔々どこかのトークショーに行ったことはある)。80年代「昭和軽薄体」と呼ばれる文体のエッセイが人気を集め、その中の一人に椎名誠はいた。当時この一群にカテゴライズされたのは、嵐山光三郎や南伸坊、糸井重里らの面々。椎名誠との出会いは「さらば国分寺書店のオババ」だったか、記憶はもうおぼろげだ。編集や広告のようなものをやっていた20代の若造は、このスタイルにコロリとはまってしまった。世の中の合点がいかないあれこれにビールをうぐうぐやりながら「バーロー、コノヤロ」と喧嘩をふっかけるシーナ(以下シーナに変更)に「そーだそーだ」と相づちを打ちながら今日まで来てしまった。アウトドア人間でもなく集団行動も苦手な自分が、あやしい探検隊シリーズや数々の紀行・探検ものを片っ端から読んでしまったのは、この文体が若気の至りの反知性主義にピタリと一致したからだ(あまり真面目に捉えられては困る)。

自ら粗製乱造作家を標榜するシーナの著作の中で、最も好きな一冊が「パタゴニア」(1987年発行)。南米大陸の最南端にある辺境の地だ。今はアウトドアブランドを真っ先に思い浮かべる人も多いかと思う。一方向からだけの強風を受け斜めに育つ樹々、荒漠とした土地で羊の放牧などをして暮らす人々、チリ海軍の船に乗せてもらい挑む氷河のマゼラン海峡。ただこの地を行くシーナはうつむきかげんだ。この時シーナは40歳目前、心身を病んだ妻を日本に残してきた。副題の「あるいは風とタンポポの物語り」にある「タンポポ」は妻(今は作家の渡辺一枝さん)の事。決まっていたとは言え、よりによって地球の裏側に来てしまったことへの悔恨や不安が全編に深い陰影を与えている。

「バーロー、コノヤロ」のシーナが好きと言っておきながら、とは思うがホントウなのだから仕方がない。むしろこの「パタゴニア」があったから、今までシーナを読んできたのだと思う。そんなシーナも78歳。近頃は孫がかわいい好々爺でもあるようだ。「おしまい」を見据えた著作も増えてきた。もう少し「バーロー、コノヤロ」とほざいていようかと思う。

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