視えないランナー

自慢じゃないが霊感というものが全くない。かつてその方面に敏感であった妻は、結婚してからこの方さっぱりそのテに遭遇しなくなり、つまりは私がその原因らしい。強固に張られたバリアがスピリチュアルな客人をことごとく追い返してしまうのだろうと言う。そんなに人付き合いの悪いタイプではないと思っていたのだが、つれなくしていたのなら申し訳ない。いや、決してお待ちしてはいない。

まだ独身だった20代の頃、現在の妻と表参道から赤坂を通って日枝神社へ向かう道を歩いていた。浪人中お気に入りだった散歩ルートの一つ。とりわけ青山霊園に向かう下り坂は、視界が開けて気持ちがいい。その坂道で、歩道を並んで歩いていた彼女が突然さっと私の後ろに身を避けた。「どうしたの」と聞くと、後ろから走ってくる人の足音がどんどん近づいてきたので、避けてあげた方がいいと思ってという。「誰もいないけど」というと、姿は視えず、足音は彼女が避けたとたんに消えたらしい。透明ランナーは道をあけてほしくて「足音」をたてて近づいてきたのか、であればすぐそこの青山霊園がお住まいなのだろう。亡くなってなお走ることを欠かさないということは有名なアスリートか、はたまた逃げろや逃げろの人生だったのか。30余年が過ぎた今も走っておられるのだろうか。ところであの世に時間はあるのか。なにせ霊感ゼロの烙印を押されているので、凡庸なことしか思い浮かばない。

近くには根津美術館もある。いつかまたあの道を歩いてみるのもいい。しかし、妻もあの足音を聞く能力はすでに合わせていない。その時は、済まぬがランナー氏にはルートを変えてもらうしかない。


見出しのイラストは「memo」さんの作品をお借りしました。



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