カオスの中、一刻一刻と変化する日々(2)〜どんな風に気持ちを未来に向けていけばいい?
もう、自宅にいるのに疲れたよ。リモート会議疲れ。やりたいことがあるはずなのに手がつかない。
最前線で働く医療関係者の方や、介護業界、教育関係の方、保育士さんや食品メーカーの方、毎日カオスの中で頑張ってくださっている方・・・
当てはまるかも!と感じた方に読んでいただければいいな、と思ってまとめてみました。
前回の記事と合わせて1つの記事になっているので、どちらから読んでいただいても大丈夫です。
コロナさんとの長いマラソンの中で、疲弊したり、我慢が怒りに変わったり、苦しさが鬱につながったりするのではなくて、一刻一刻変化するカオスの中で「新しい価値」「イノベーション」「未来に残したい可能性」を生み出し、それを「社会の中の新しい秩序(当たり前)」にするために、意識して歩んでみませんか。という呼びかけを私なりに文章にしてみました。名前を「ケイオディック・パス※」と言います。(※出村の解釈を通じて文章にしているので、ぜひ、詳しく知りたい方はArt of Hostigをご参照ください♪文末で紹介)
「もう前の世界にはもどれないことはわかった。」
「で、どうしたらいいん?」
について、私なりに考えていることをまとめておきたいな、と思って文章にしています。
▼目次
0. はじめに
1. ORDER|秩序ー住み慣れた世界
2. CHAOS|カオスー複雑で曖昧な世界(VUCA)
3. コントロール|CONTROL
4. CHAMOS|ハモス と CONTOROL|コントロール
5. 管理とケイオディック・パス
6. 疲れ果てないために。ケイオディック・パスの歩み方
7. カオスだと思っていたことが秩序になっていく
0. はじめに
新型コロナウイルスの影響を受けて、もう前の世界には戻れないことはほとんどの方が感じ始めているのかな、という感覚。カオスの中、一刻一刻と変化する日々。教育現場、ビジネス現場、医療現場、社会経済、まちづくり・・・etc
一方で、急変した世界情勢、日本国内の緊急事態宣言や、政府の方針には、私自身はコントロール(圧迫感)を感じることもあります。
一人ひとり、置かれた状況やお仕事、年齢、住んでいる地域によっても感じ方の異なる状況。それが今の社会なのかな、と思うけど、私たちは無意識に自分のフィルター(過去の経験から身につけてきた価値観)で物事を見るから。自分自身のフィルターに気づき、進みたい方向に進むために、こんな風に考えてみたらどうだろう。
1. 秩序|ORDER
私たちの生きる世界は、元々は複雑で、曖昧で、不確実で変化が耐えない場所で、そこで様々な人種、年齢、能力・・・etc。の人が一緒に暮らしています。
多様な私たちが、予測不可能なこの世界で一緒に生きていくために、これまでの歴史の中で、「秩序」がつくられてきました。秩序とは、例えば、「電車が時間通りにくる」とか、会社の始業時間は●●時、とか、モノを買う時には紙幣を使う…など。
多くの人が共通認識として持っているルールや仕組み、いつもの毎日がここにあたるかもしれません。
多様な私たちが、予測不可能なこの世界で一緒に生きていくために、「秩序」がつくられてきたと思います。秩序とは、例えば、「電車が時間通りにくる」とか、会社の始業時間は●●時、とか、モノを買う時には紙幣を使う…など。
多くの人が共通認識として持っているルールによって動いているいつもの毎日、心地よいところがここにあたるかもしれません。
2. カオス|CHAOS
今、コロナさんがやってきて、私たちが日々整えている「秩序」に対して、複雑で、曖昧で、不確実で変化の耐えない毎日が訪れているように感じる人もいるのではないでしょうか。「カオス」がやってきた!と感じる人もいるかもしれません。外出自粛、自宅からのリモートワーク、授業の休講、オンライン化…
最近、山に出かけたり、森の中を歩いたりしましたか。お花見や、自然のある公園を散歩した時のことでも良いので、思い出してみてください。木に生えている葉は、風にゆられて散っていったり、山の中に生えているシダ植物や苔、木々は、私たちの予想通りには動きません。急に散っていく葉。あちこちに生えているシダ植物。古い樹は、台風で倒れて折れるかもしれない。でも、大樹が折れたことで、そこに日の光が入って、日の光を浴びるようになった地面からは、新しい命が芽を出していく。このような、複雑で、曖昧で、不確実で変化の耐えないものを「カオス」と呼びます。
3. コントロール|CONTROL
一方で、秩序を守るために起きてるもう一つの動きとして、緊急事態宣言が発令されて外出の自粛がはじまったり、新しいルールが広範囲でできたり、それをコントロールと感じる人も出てきているかもしれません。ハンガリー議会では新型コロナウイルス対策として、非常事態宣言の無期限延長など首相の権限拡大を可能にする法案が可決されたり、懸念が広がっているのはここにあたります。
秩序、カオスと紹介してきました。複雑な世の中で、安心して生きていくために、私たちは長い歴史の中で、厳格なルールをつくったり、条例や規則をつくり、コントロールをしてきました。みんなが安心して過ごせるように、ルールを整えることが好きな人もおられるんじゃないかな、と思います。
4. CHAMOS|ハモス と CONTOROL|コントロール
ここまで、秩序、カオス、コントロールと紹介してきましたが、本当に恐ろしいのは、新型コロナウイルスが感染してカオスだと感じる状況の先にある、不安と恐怖に支配されたハモスなんじゃないか。
権力を持つ人は、カオスを恐れるあまり、無意識に一方的に指示を出したり、相談なしに出されたように聴こえる宣言して、受け手に急なコントロールと受けとられるかもしれない。そうすると、「コントロールされた!」と強く感じた人は一気にカオス側に向かいさらに先のハモスにいってしまう時がある。ハモスはギリシャ語で絶望とか見るに耐えない状態という言葉。
4月30日に起きている米中西部ミシガン州で起きている講義は、新型コロナウイルス対策のための厳しい行動制限に対して、コントロールされていると強く感じていた人が、ハモスへといったことで起きているように見えます。
でも、本当は、私たちが避けたいのは両端。コントロールしすぎたり、絶望のハモスにいってしまったり、どちらも心穏やかではないと思うのです。
では、どうしたらいいのだろう。
5. 管理とケイオディック・パス
秩序とコントロールの間には、コミュニティ、地域、組織、国によって、秩序を維持するために、「ルール」や「決まり事」など、社会を保つために適度な「管理」が存在しています。
もう一方の、秩序とカオスの間。コロナさんとの長いマラソンの中で、疲弊したり、我慢が怒りに変わったり、苦しさが鬱につながったりするのではなくて、カオスの中で「新しい価値」「イノベーション」「未来に残したい可能性」を生み出すPath(道)を「ケイオディック・パス」と呼びます。
どちらが良い、悪いではなくて、人によって心地よいと感じるところは違うと思います。きっと大切なのは、「自分はどこのフレームに居心地の良さを感じる人間なのか」を自覚することや、どこに向かいたいのかを考えること。そして、社会においても、組織においても、家族の中、自分の行動でも、「バランス」が必要なんじゃないか、ということ。
今、カオスの真っただ中にいると感じている人、もしくは、何をしたら良いか分からないという人は、「わたし、カオスにいるから居心地わるかった(ワクワク)していたのね」と自覚することで、自分の苦手なフレームが見えてくるかもしれない。また、自分自身に足りないものが見えてくるかもしれません。そして、もし、「新しい価値を生み出したい」「後戻りできない状況から前に進みたい」のであれば、ケイオディック・パスを歩むことを意識していみると良いかもしれません。
と、ここまでは、以前から思っていたこと。
今、この状況下になり、多かれ少なかれ日本中の人が、カオス状態の社会を体験しているとすれば、誰もが、自分なりの、自分たちなりのケイオディック・パスを歩む必要が出てきているのかもしれないと感じています。それは、自分自身のケイオディック・パスかもしれないし、家族を守るためかもしれないし、地域の存続のためかもしれないし、組織の仲間と共に歩み続けるためかもしれないし、それは人それぞれだと思いますが。
6. 疲れ果てないために。ケイオディック・パスの歩み方
問い:あなたは何があればケイオディック・パスを軽やかに歩めそうですか問い:どんな風にケイオディック・パスを通りたいですか
ケイオディック・パスは、体力を使います。カオスが好きで踊るように駆け抜ける人も、コントロールが落ち着くけれど自分の意志とは別に、ケイオディック・パスに居ざるおえなくなっている人も、頑張りすぎたら疲れるし、協力者が必要なときに声のかけ方を間違えると誰かを傷つけたりするかもしれない。
もし、ケイオディック・パスに関心を持った人がいれば、この4FoldPracticeを実践しながら進むことをおすすめします。
7. カオスだと思っていたことが秩序になっていく
例えば、3月頃の日本を思い出してください。
今まで当たり前に手に入ったマスクが、店舗からなくなりました。
緊急事態宣言が出て、急遽自宅勤務となった方もいると思います。
「マスクが買えなくて怖い!不安」と思った人
「リモート会議なんてしたことないよ。どうしよう。」と思った人
一人ひとりに、様々なカオスと感じたストーリーが、あると思います。
今は?
「マスクは手づくりでもつくれる。」
「リモート会議はやってみると意外と使える。」
なんて人も出てきています。
今まで、カオスだと思っていたことが、「当たり前ー秩序」になっていく。
そして、
「マスクが足りないことが新しい商品や、需要を生み出している。」
「新しいリモートツールが次々にうまれている」
そこから新しい価値が創出されて、イノベーションが起きている。
それが、今、起きていること。
少し前までカオスだと思っていたことが、秩序(新しい当たり前)になっていく。それは、誰か特別な人だけができることなのではなくて、一人ひとりが生み出していけることなんだろうな、と思います。
・・・最後に
リモート会議が増えて、対面で人に会うことが減って、たった2ヶ月。すでに手触り感のあるもの、自分の関心の枠の外にある物に触れる機会が減っているように感じています。
私自身は、Beforeコロナ(コロナ以前)がそんなに心地の良い日本社会だったとは感じていません。それは自分の責任でもあり、「私たち」として何かを真剣に創ろう、変えようとしてこなかった結果かもしれない。もし、Afterコロナ(コロナが収束した後)の社会がやってくるのであれば、誰かに任せて創られた社会ではなく、一人ひとりが心地よいと感じられるWellbeingな状態で生きていける社会を「わたしたち」が創っていく社会にしたいな、と感じるようになってきました。
当たり前のように実施していきた出張を減らして自宅からリモート会議をする、不要な会議を見直す、今まで当たり前だと思ってきたことを見直す、惰性で続けてきた学びの場の仕組みを再構築する、様々な探求の中で気づいてきたことを、コロナの収束とともに元の世界に戻そうとするのではなく、良い物は次のステージに持っていきたい。
一人は、本当に小さくて、出来ることが限られているけれど、共にケイオディック・パスを歩んで、可能性と共に、共創していきませんか。
●参考: