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映画日記「94歳のゲイ」を見ました。

いつも行く、大阪は十三(じゅうそう)にある第七藝術劇場。ナナゲイ。

座席数93の小さな映画館。
ドキュメンタリー系の佳作映画をよく上映しています。

見たい映画が重なるんです。
先週は「94歳のゲイ」を見てきました。

(ネタバレするかもしれません)

長谷忠さん。94歳。
昔からゲイであることを隠して生きてきました。
そんな時代だったのです。

私生児であったことも、生きていく上での壁になりました。
満州に渡り、帰ってきてからも仕事をたくさん変えます。

「結婚しないの?」と聞かれるのが嫌で、人付き合いも深くならないようにしていたそうです。

そんな長谷さんの拠り所となったのが、詩と小説です。子どもの頃、国語は得意だった。いや、学業は優秀だったとか。

詩は谷川俊太郎氏の目に止まり、現代詩手帳賞を受賞しています。今でも短歌を書いています。

私は、映画の中でも紹介されていた詩がとても良かった。

台風がこなくても、手風琴のようになる家
猫が階段をかけ上がる家
魚の形の林や
飯汁がついているひげをしごく猫のいる家

「女系家族」(受賞作)より抜粋

胸にあるものを表現する方法があったこと、それは救いになったことでしょう。


ここで、ちょっと謝らないといけないことが。
途中、少しウトウトしてしまいました。どれくらいか分かりません。
スミマセン。

そんな私の感想です。

①とにかく、長谷さんが、94歳で立派に自立していることに感銘


あいりん地区で、ひとり暮らし。炊き出しに行っておかゆをもらいます。部屋は片付いていません。物がたくさん。年金で何とか生活している。

壁には男の人の写真が何枚か貼られている。顔に惚れていると言います。「ええ顔やなー」「体はどんなんかなあ」とかストーリーを作って想像する。

電動カートに乗って買い物に行き、シャワーも浴びる。ケアマネジャーの助けは借りているが、とても自立している。動きはさすがにゆっくりだが、肌に張りがあり若い。

②長谷さんの生き方

見終わって初めに思ったのは、「人間は人間に変わりはないんじゃないか」ということでした。
「長谷さんは、ゲイであろうがなかろうが、ひとりの人間として本当に淡々と、飄々と、静かに、密やかに暮らしてきた」と思ったのです。

でも、パンフレットを見たり、現在の長谷さんの様子を見ると、やはり、ゲイということを隠さないといけない。自分は普通ではなく、人に知られてはいけない隠し事があるということは、しんどいことだったのだと思いました。


映画にもありましたが、今から100年前、同性愛者は精神疾患とされていました。治療の方法として、①食事や運動などの摂療法 ②睡眠療法 そして③異性との結婚。

これを聞いた時、衝撃でした。病気と思われていたんだ。異性との結婚なんて、どれほど自分を抑えなければいけないんだ。

③これからのこと


映画には他にもゲイの人が出てきます。後半に出てくる方はとても魅力的だった。そして長谷さんは、その人たちといると、安心しているように見えるのです。嬉しそうだった。「今は奇跡」と言います。

その人が魅力的なのは、その人の魅力。でもゲイ同士って、やはり惹かれるものがあるのかなあ。単純な私の感想です。 

反対の立場からは、長谷さんを、自分たちのロールモデルとして見ると言っておられました。このまま年老いていってどうなるのかという不安があるときに、長谷さんのように元気で過ごしておられるのをみると安心するとのことです。

一緒に銭湯に行ったり、二人のふれあいが微笑ましかった。

現代はLGBTQに対する理解も、法整備も少しずつも進んできました。でもまだまだ偏見はあり、支障も多いと思います。本当に意味での「誰もが生きやすい世の中」になっていくべきだと思いました。

長谷さんの言葉

まだまだ、ゲイとかレスビアンとか公に言えへんやろうな。「僕はゲイです」ってなにげなく言える世の中になったらええのにな。そしたら暮らしやすいやん。人それぞれ個性がある。自由に生きられる社会になってほしい。

パンフレットより引用


④ケアマネジャーについて


これは、映画の本質ではないのです。でも無関係でもない?
ケアマネジャーに支えられる長谷さんの様子が映ります。長谷さんもとても頼りにしていたことが分かります。

でも、元ケアマネジャーとして、いやいや、それはちょっと違うのでは?
と思ってしまいました。
もちろん、とても支えてくださっているのです。人柄も良くて、人を思う気持ちも人一倍で、文句をつけるところではありません。

でも、ちょっと違うんです。少し仕事の範疇を越えているように思いました。(私も実は越えることがあった)
というか、ケアマネジャーの立場と、友人知人支援者の立場が一緒になっているというか。越えている部分は、友人の部分だったのでしょう。

ああ、こんなこと書いたら、せっかくいい映画なのにね。
でも、誤解のないように、一言だけお伝えしたかったのです。
梅田さん、申し訳ありません。ここはやはり謝らなければ。


⑤もう一度みたい

先ほど書いたように、私は途中、ウトウトしました。
なのに、こんな感想書いています。
だから、ちゃんともう一回みてみたいです。

でもね。他にもあるのよ、見たい映画が。

どうしよ。

いつ行こ、なに見よ。
(シニア料金)


*ヘッダー写真、お借りしました。映画らしい落ち着きがよかったです。

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