義母のちっちゃな目
施設におられるお義母様の面会に行ったというnoreを読ませてもらった。視線の先は何を見ておられるのだろうか。そして、自分の義母を思い出した。
夫が亡くなって10年間一人暮らしをしたあと、義母は家を片づけて、息子のところにやってきた。母にやさしい息子は、我が夫である。
来た頃は元気だった。一人で通院し、スーパーで買い物して坂道を上がって帰ってきた。途中、小学校の石垣に腰を下ろして、ひと休みしていた。
股関節が痛くて歩くのもやっとになり、整形外科の先生に「〇〇さんなら、元気だから大丈夫でしょう」と言われて、手術に踏み切った。でも、大丈夫じゃなかった。手術後にせん妄を起こし、その後脳梗塞を起こし、自宅には戻って来れなかった。
だんだんと心身状況が低下してきて、特養に入所した。状態はもっと低下した。
そして、義母は目を開けなくなった。
義母の目はちっちゃかった。あるのかわからないくらい、かわいらしい目をしていた。ど近眼で、分厚い眼鏡をかけていた。その目をほとんど開けなくなった。
私は、ばーちゃんが目を開けないのは、思うようにならないこと、人の世話になっていることなど、このつらい状態をきっと見たくないからじゃないかと思った。心も閉じたかのように。
自分がなぜここにいるのか、わからなかったかもしれない。
「目を開けてみて」と言っても、なかなか開けない。目をつぶったまま、ご飯を食べさせてもらっていた。そのうち、だんだんと意志疎通が難しくなっていき、本当に眠ったままになった。
大正生まれの義母は、歌と相撲が好きで、お茶目なところもあり、デイサービスでは人気ものだった。介護がいるようになったら、嫁の世話になるつもりだったのだろうけど、私は何もしていない。
98歳まで生きた義母。閉じた眼には、何が見えていたのだろう。