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感動は分析できない。そこで文章が生まれる。

絵を描く芸術家も、絵をみる側も、一人一人の個性は違う。だが、優れた芸術には共感できる普遍性があり、生きる自信に満ちた心をつくりだす。その心は、どんなに個性が異なろうが、共感をひろげ、人と和することができると小林秀雄は説く。

画は、何にも教えはしない。画から何かを教わる人もいない。画は見る人の前に現存していれば足りるのだ。美は人を沈黙させます。

『私の人生観』「小林秀雄全作品」第17集p181

「美」とは何か。そんな哲学的命題に小林秀雄は軽々しく答えを出さない。「美」は人を沈黙させる。「美」は解るものではなく、求めるものだ。観念でも通念でもなく、眼の前にあるものを求めてこそ「美」なのだ。その集大成が、1957(昭和32)年の『美を求める心』(「小林秀雄全作品」第21集)である。

だが、『美を求める心』の9年前である1948(昭和23)年の『私の人生観』では、まだまだ思索を楽しんでいる。

どんな芸術も、その創り出した一種の感動に充ちた沈黙によって生き永らえて来た。どの様に解釈してみても、遂に口をつぐむより外はない或るものにぶつかる、これが例えば「万葉」の歌が、今日でも生きている所以ゆえんである。つまり理解に対して抵抗して来たわけだ。解られてしまえばおしまいだ。解って了うとは、現物はもう不要になるという事です。

『私の人生観』「小林秀雄全作品」第17集p181

小林秀雄は「批評だって芸術なのだ。そこに美がなくてはならぬ。そろばんを弾くように書いた批評文なぞ、もう沢山だ。退屈で退屈でやり切れぬ」(『コメディ・リテレール 小林秀雄を囲んで(座談)』「小林秀雄全作品」第15集p29)という気持ちが十分に深まっている。自分を批評家として成り立たせた文芸時評からは第一線を退き、戦中は『当麻』『雪舟』など、主に日本の古典的な芸術について、自分の心の向くものを選んで、批評というより、随筆に近い作品を発表していた。

僕はただ言いたいことを言ったんです。するとそれが批評の形式を取ったんです。(中略)自分の批評を後から読んでみても、褒めた時のほうが文章としていいですね。他人ひとを貶めた時は駄目なんだね。貶す時には分析ができるわけです。それでそいつは気にくわんというような悪口を言うんだけど、褒める時には必ず感動がある。感動は分析できないものなんですね。感動が文章の中心にあって書こうとすると、感動自身は非常に言いにくいし、分析しがたい。文章っていうものがそこで生まれて来るんですよ。(中略)まず感動がなきゃ、僕の批評はなかったですよ。

中村明「玄人 小林秀雄」『作家の文体』(ちくま学芸文庫)p228

1976(昭和51)年、文学と言語学を橋渡しする文体論の研究者である中村明のインタビューで、小林秀雄は批評の出発点は「感動」だと語っている。批評は作品や作者への悪口だ、小林秀雄は対象をこきおろして溜飲を下げているという「悪口」があるが、決してそんなことはない。『西行』を読めば西行の歌と生涯を知りたくなり、『鉄斎の扇面』を読めば写真でいいから観たくなる。それは、はじめに感動があるからだ。

そして、感動は分析しがたい。そこで文章が生まれてくるというのは、どういうことか。これは小林秀雄がよく用いる逆説ではない。

成る程、詩人は言葉で詩を作る。しかし、言うに言われぬものを、どうしたら言葉によって現す事が出来るかと、工夫に工夫を重ねて、これに成功した人を詩人と言うのです。

『美を求める心』「小林秀雄全作品」第21集p247

そろばんを弾くように書かれた批評など退屈だ。だから詩を書くような批評を書きたいと、小林秀雄は座談『コメディ・リテレール』で語っている。言うに言われぬ感動を、どのようにして言葉によって現すことができるか。工夫に工夫を重ねて、批評を書くことに成功したのが小林秀雄なのだ。

(つづく)

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既視の海
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