自分の興味の外の映画
友人の勧めで、初めて自分の興味から外れた分野の映画を鑑賞し、友人に勧められて、初めて自分の感想を文章に記録しています。
最近は、自分ではやらないことや今までならやらなかったことを意識的に取り入れるようにしているため、初めて一人で映画鑑賞をして言われるがままに感想を書いています。
そんな自分が初めて記録する作品は「ルックバック」
「めっちゃ疲れた」
鑑賞後の感想は、「めっちゃ疲れた」。
1人で鑑賞したことが理由なのか、引き込まれ・真剣に集中し・友人に感想を伝えようと考えながら見ているとめっちゃ疲れました。
自分の画力に絶対的な自信を持つ藤野に、
小学生時代、人前に立って明るくなんでもこなしていた自分を自然と重ねてしまいました。
そんなある日、京本と共に学年新聞の4コマ漫画を担当することを提案された藤野は恐らく「自分ほど上手く描ける人間がいるのか?」と慢心していたと思います。
そんな藤野の考えをぶっ飛ばすような圧倒的な画力の風景を披露する京本。
京本の絵を見た瞬間に明らかな実力差を感じる藤野。
そんな藤野の心情を表すかのような画面表現。
藤野の教室がどんどん広く、同級生の数がどんどん多く描かれ、世界の広さを感じさせるような描写に鳥肌が立ちました。
そんな藤野と自分の大きな違いは、
他人との実力差を知った後に努力できたかどうか。
友人にオタクと言われても
姉から親が心配していると言われても
何を言われてもただひたすら絵を描いた藤野。
当時の自分にこう言いたい。
「とにかくやれ(描け)!ばか!」
卒業証書を届けることで知る京本が描いてきた絵の数。
ノートの数で表現される藤野と京本が描いてきた絵の数の差。
努力している京本に【劣等感】と【嫉妬心】を感じた自分がいました。
noteを書くこと自体を渋っていたのも
友人ほど映画や漫画に触れておらず
自分の解釈がズレている可能性があるということでの
友人への劣等感や嫉妬心なのかもしれません。
藤野キョウという名前で一つの作品を作る二人の姿に
個人の強みを活かし活動する
「映像研には手を出すな」
という作品を思い出しました。
他作品の話ではありますが
「映像研には手を出すな」や「ルックバック」のように
学生時代になにかに打ち込み努力をするという作品に触れると
適当にその場をやり過ごすことで切り抜けてきた
自分の学生時代に少しのコンプレックスを感じますが
「これから先、産まれてくる子供にはこういった経験をさせてあげたいな」
と感じている自分に
「大人になったな」と感心します。
この作品を観て
「好きなものの前には何も敵わないんだなぁ」と感じました。
京本の実力や京本の死があったとしても
【絵を描くことが好き】【京本が好き】な藤野にとっては
【京本の実力】は藤野が絵を描くことには関係なく
【京本の死】は京本が好きでいてくれる自分の作品には関係がないことで
藤野が絵をやめることには何もつながらないわけです。
友人をマネしながら書いてみた伝わりにくい記事も
藤野のように「とにかく書く」ことで
それっぽく上手になっていけばいいなと思いながら
ゆっくり継続してわかりやすい記事が書けるように
続けていきたいと感じています。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?