父の教え
昭和の企業戦士だった父はほとんど家にいなかったので、幼少時の思い出はあまりないのだけど、一つ強烈に覚えているのは「卑怯な奴はグサッとえぐれ」と言われたこと。
父は見た目はとても紳士で、物腰も柔らかいのだけど、うちに秘めた激しさは相当のもので、キレると恐ろしい。ピンポイントで相手の一番の急所をついてくる。
高校生の頃、友人関係のことで相談したら「裏切った奴は、自分の名誉にかけて許してはならぬ」なんて言うから、一体どんな幼少期〜青年期を過ごしたのかと心配になった。
母に言わせると、学生時代はリア充そのものだったから、性格がひん曲がる要素は見当たらず、恐らく勝気な祖母の影響だろうと。
父の最優先事項は正義で、この伝家の宝刀グサえぐりは卑怯なヤツ、威張ってるヤツにしか抜いてはならぬという不文律があった。
若い頃、職場にパワハラなお偉いさんがいた。彼のせいで何人も病んでしまっていると話したら、父にすぐさまグサッとやれと唆された。
曰く、守るもののない独身のヒラ社員は最強だ。役職持ち、家族持ちはそう簡単にクビになるわけはいかない。ハナコならまだ若いから次の職場もすぐ見つかるだろう。お前ほどの適役はいない。大勢の前で「ふざけるな」とすごんで、なるべくオオゴトにして、うんたらかんたら。その不届者に深手を負わせろと。
単純な私は一瞬「たしかに」と思ったけれど、父の歴代のアドバイスは大抵がピント外れで、そのせいで苦労した数々が走馬灯のように駆け巡った。本能がチチノイウコトキイテハナラヌと告げていた。今振り返っても、あの氷河期によく娘の職業人生を危険に晒すよーなことを言ったもんだと呆れてしまう。
父は40代までは上から可愛がられて出世街道を驀進したけれど、50代は本人としては不本意だったとおもう。一重に、過去に父にグサッとやられた人たちの仕返しなんじゃないかと。
そんなこんなで、娘の私にとって父からの一番の教えは、よそ様から余計な恨みは買うもんじゃない、ということだったりする。