どうしようもないとき。
最近何も手につかなくなってきて、気分も浮き沈み激しく、休んだら休んだで罪悪感。
いつもは頑張ろうと決めたタイミングで頑張れるのに頑張れない。
アイデアを考えても何も浮かばない。
そんなときは場所を変えればたいてい何とかなる。
しかし何とかならない。現状が変わらない。
いろいろと対応策を練るけれど、どう頑張ってもやる気のなさが消えない。
今までの対処法が効かなくなってきている。
こんなところから気付くのも少し嫌だけど
私にとって今は大きなピボット期なのかもしれないな、と思う。
意識を変えれば行動も変わる。
まずは手元の変化から生み出さなきゃいけない。
いつもの行動量で変化がなくなってきたら、量を増やすか質を上げるか。
両方しなきゃな、とも思う。
限られた時間の中、何を優先するのかもそうだし、伝えることをもっとメッセージ性あるものにすることもそう。
自分がこれからやることが何かしら社会の役に立つことだったとしても
もしもリーダーたるものが死んでしまったとき、すぐに無くなってしまうような組織では意味がない。
残る・継続されることによってはじめて、組織の価値は生まれるものだと思うから。
世の中にはティール組織というものがある。
信頼で結びつく、自主経営の集団。結びつきは弱そうに見えるが、私には誰もが輝ける仕組みのように映る。
「組織は人の集まり」とはいっても、それぞれ違う理想を描き、行動に移すだろう。
その中でもわたしが目指すのは「夢想家」を増やすこと。
これからの未来にワクワクして、自分の心に正直に表現できる人を。
自分の中にあるエネルギーを、どこか遠く外へ放出しようとする人を。
そのエネルギーは届かなくてもいい。
誰かの心を打つ必要もない。
認められる必要もない。
ただそれが「生きた証」として、自分の中に残り続ければ、それでいい。
でもその過程を愉しむこと、心躍り続けていること。
そしてまずは自分自身がそうあれるように、言葉を綴る。絵を描く。写真を撮る。
それが伝わるかもわからない。
たまに自分自身でも何を伝えたいのかわからない時がある。
それでも何かを残したりすることに何かしらの意義があると思えればいい。
「表現する」って何?
「愉しむ」って何?
どうやって仲間を集める?
コンテンツの良さを誰にどう伝える?
そんなことを、今でもぐるぐると考えてる。
自分自身がまずは1番の表現者であるために
今日も私は文字を綴り、油絵を描き、デザインを創り、当たり前を問う。
私自身が輝いて人生生きるために
私を支えてくれている人が笑顔でいてくれるように
私はまだまだ頑張らなきゃいけないなと感じる。