お父さんはアスペルガー

ラジオで良く私の家族の話をしますが、私の家族はほぼ全員ヤバいです。
「うちはアダムスファミリーだからさ」なんて表現を良くするくらいです。(しかもアダムスファミリー程家族仲が良かったわけではありません)
我が家は父・母・姉・私・妹の5人家族なのですが、まともと言える存在は姉だけです。
一人一人そのヤバさを解説したいところですが、今回は父の話をしようと思います。

発達障害は遺伝すると言われていますが、もし私のADHDが遺伝だとすると、間違いなく父から来ています。
父はADHDではなく、ゴリゴリのアスペルガーなので私と性質的には真反対ですが、変わり者という点では同じです。(父は病院で発達の診断を受けた訳ではないので、完全に私の偏見ですが…。)

凹まなさすぎる
人の100倍怒られてきた私ですが、父も負けていません。父の怒られ方も尋常じゃありませんでした。
怒られっぷりも凄いのですが、父の本当に凄い所はどれだけ怒られても全く凹まないところです。
私もよく「メンタル強いね」「よく凹まないね」と言われますが、私の場合は一応しっかりと凹んでいます。
ただ、凹んでから立ち直りまでのスピードが早すぎるだけというか、凹んだ事さえもすぐに忘れる程記憶力が無さ過ぎるだけです。
その点、父は本当の意味で凹まないです。
母にめちゃくちゃ叱責されてもケロっとしています。反省している様子も無く、案の定同じミスをして母の怒りをヒートアップさせていました。
会社生活でも同じで、ある日父が「今日は会社で土下座させられてさ〜」とごく普通のテンションで話して来た事があります。いやいや、会社で土下座って色んな意味でヤバすぎるだろ!と思うのですが、父はさも「今日は飲みに行ってくるな〜」くらいのごく普通のノリで土下座エピソードを語るのです。
そんな父の姿を見ていると、凹まないというより、そもそも怒りが父まで届いていないんじゃないか?という仮説が私の中に浮かんできました。
父に怒ってものれんに腕押し…怒ったところで自分の気が済んだとしても真の解決には繋がりません。
母以外の家族は全員その事に気づいているので、父に対して怒る事はしないのですが、母だけは未だに元気に父に対して怒っています。母の元気の秘訣は怒りのエネルギーなのかもしれません。
ちなみに、父は母とは対照的に殆ど怒りません。母からどれだけ罵られようが、会社で土下座させられようが、父の地雷を踏まない限りは怒る事はありませんでした。
父の地雷についてはまたいつかブログに書きたいと思います。

変に頭良すぎる
父の記憶力というか知識が普通ではないと気づいたのは高校生くらいの時です。
父に適当な年号を言うと、その年に世界史・日本史で起こった事をスラスラ言えます。学生時代は日本史の偏差値が80を超えていたそうな。
家族でドライブ中に父に「あの車何?」と聞けばメーカー、車種、年式を答えられるし、家には父の趣味ともいえる専門書が山のようにあります。
「私も大人になれば年号聞いただけで歴史上なにが起こったか言えるようになるんだな」と中学生くらいまでぼんやりと思っていたのですが、これは普通ではないのだと高校生くらいになってわかりました。(ちなみに、こういう良いところは遺伝しませんでした。悲しい)

嫌みが通用しない
私の母はイヤミを良く言う人でした。特に父に対して。しかし、父はド級のアスペなので、父に婉曲表現やイヤミは全く通用しません。
例えば、夕飯でのワンシーン。
この日の献立は刺身とカレーでした。献立の組み合わせについては突っ込まないで下さい。私の母も普通じゃないんです。
父「いや〜この刺身うまいね。最高だよ!お母さん。いや〜ホントうまいな。この刺身」
渾身の力を込めて作ったカレーには一言も触れず、刺身ばかりを褒める父に母が苛立ってきます。
母「あーそう。その刺身は私が漁に行って獲ってきたわけでもなければ、さばいてすらなくて、ただ買って来たのをそすまま出しただけだけどね。私がなーーーんの手も加えてない、お刺身の方を褒めてくれてありがとう^^」
これでもかという位いやみったらしく発言する母ですが、父は特に気にすることもなく…。
父「いや、ほんとうまいよこの刺身!これがほんとに一番うまい!」とケロリと言い放ちます。ここでようやく母が切れて
母「イヤミだっつーの!何で気づかないのよ!!刺身じゃなくてカレーを褒めろや!!」と本音を言い出します。
父「あ、カレーか。あ、うん、カレーもうまいよ。でもさ、やっぱりこの刺身がすごいうまいんだよ!ほんとこの刺身うますぎんだよな〜。」
父の発言は悪意ゼロです。ここまで言われても通じないとは…逆にあっぱれです。
もちろん、母の怒りが収まる事は無く、その後も無意味なやり取りが続きます。
子供心にこの夫婦のやり取りをみて「コイツら何してんだ」と思っていました。
イヤミが通じないと知りつつ、母は未だに父に対してイヤミ攻撃しまくります。そして、イヤミが通じないからイライラが倍増になって、切れます。
お互い学習しない夫婦だな、と思いますが、これが彼らの夫婦の形なのかな…と大人になった今では思います。
余談ですが、私も衝動性がヤバいので、父と一緒に母の怒りを買っていました。
「母ちゃん!このカレーまじでまずいよ!ヤバいって!」と指摘するので、くっそ怒られていました。
私からすると「誰かが指摘しなければ一生改善しない!」という一種の正義心から来ているものなのですが、今から思うと余りに表現がストレートすぎたなと思います。

参観日で堂々と寝る奇行種
小学校の頃にあった父親参観日での出来事です。
その日は特別に父親参観日と称し、土曜に授業がありました。
普段の参観日とは違い、父親参観なので見た事無い人が沢山きます。
「あれは誰のお父さんなんだろ〜」なんて会話がクラスメイト達の中で飛び交います。
そんな中、父が来ました。
小学生というのは非常に残酷な生き物で、人の見た目を悪意無くいじったり、正直すぎる感想を吐く事があります。
クラスメイトの一人が、私の父をみてポツリと発言しました。
「あ、北朝鮮人や。めっちゃ北朝鮮人に似てる」
今となっては色々とツッコミどころがあります。北朝鮮人って何やねん、北朝鮮人に似てるって日本語おかしいだろ、どこをどう評価して北朝鮮人に似てると言えるんだ…何で中国でも韓国でもなくて北朝鮮なんだよ…。
冷静になると色々とおかしいのですが、小学生にそんなロジックは通用しません。
ハマるか、ハマらないか 小学生の評価基準は非常にシンプル。
”北朝鮮人や”という一言は、大いにハマり、クラス中が盛り上がりました。
「マジ北朝鮮人に似てる!」「誰のお父さんなんや?!」という話題でクラス中が沸きます。
私はそんなクラスの様相から、気が気じゃありませんでした。
北朝鮮人の娘or息子が発見されようものなら、一生いじられる事確定です。
「お父さんと私が親子であることは絶対に隠し通そう」と誓いました。
目立たないように肩をすぼませ、顔を下げ、授業開始のベルを待ちました。
大いに盛り上がった教室も、流石に授業が開始されると一旦静まります。結局、北朝鮮人は誰の父親なのかわからない状態で授業がスタートしました。
私は半分ホッとしました。「流石に授業中にバレることは無いだろう」と。
そんな中、父は衝撃的な行動に出ます。
何と参観中だというのに、立ちながら寝始めたのです。
何故教室の後ろにいる父の動向がわかったかと言うと、父が割とでかいいびきをかいていたからです。
後方の席にいる私のところにそのいびきは十分届きました。もちろん、私以外のクラスメイトにも。
「やべー北朝鮮人寝てる!!!」と後ろの席の生徒達が小声で騒ぎ出しました。
ただでさえ、見た目(これは不可抗力ですが)で目立っているというのに、参観中に寝るとか前代未聞です。
クラスメイトは授業そっちのけで父の動向に注目し始めました。
周りにいた他の保護者や先生も父が寝ている事に気づき始めましたが、良い大人に「寝るなよ」と当たり前すぎる注意をする事はありませんでした。大人になると怒ってもらえないというのはある種真実ですなんですね。
教室全体が「やべーやついるけど、誰も注意しねーのかよ」という空気に包まれていき、変な緊張感がはしっていました。
父が寝ていた時間は10分くらいですが、私からすると生きた心地のしない10分間でした。
何故父は寝ているのか、立ちながらでもあんだけ爆睡できるもんなのか、そもそもなんで参観日来たんだよ、恥ずかしすぎて消えたい、でも消えたら私の父親だってばれるだろうからそれはやだ、うちのお父さんよりキャラ濃い奴誰か来てくれ、何でも良いからせめて起きてくれ…羞恥、焦り、怒り、祈り…様々な感情が私の頭を埋め尽くします。
そして、ようやく父が目覚めます。
目を覚ました父は別に焦るようでもなく、ごく普通に「今までも真面目に参観してましたよ」という顔をしていました。何たる図太さ。
そして、そわそわと教室中を見渡し始めました。
ようやく父は今日の目的を思い出したのでしょう、「そういや、今日は娘を見に来たんだったな」と。
目的である私を発見した父は、信じられない事に授業中にも関わらず、大声で叫びます。
「おーい!チロピー!」

あの瞬間のクラスの空気は私の文章力では書き表せません。
一瞬の静寂の後、クラスがざわめきます。
人って恥ずかしさの限界値を超えると、空間が歪んでみえるんですよね。ぐんにゃ〜〜〜〜って。人生で何回か経験してますが、この時も空間が歪みました。
いや、参観日って部活の応援みたいに子ども見つけて叫ぶとかしないから
いや、家でチロピーって呼ばれてるの、学校の皆には知られたくないんだけど
いや、もう私の残りの学校生活のあだ名絶対チロピーか北朝鮮人やん
色んな思考が走馬灯のように一瞬にして駆け巡り、その後は頭が真っ白になりました。

終わったな
私は静かにそう思いました。

その後、悪い予感はよく当たるのもで、晴れて私のあだ名は”チロピー”となり、卒業までいじられつづけました。
この経験から私は身をもって実感する事になります。「うちのお父ちゃん、普通じゃねーぞ」と。めでたしめでたし。

ちなみに、親が普通じゃないと言うのは子どもにとっては結構なコンプレックスで、このコンプは高校生になるまで引きづりました。
多感な中学の頃なんかはめちゃくちゃ親の存在を隠していました。
何気なく家族の話題を振られたら、「あぁ…うちってお父さんいないんだよね」と冗談なのか本気なのかわからないヤバすぎる返しをしていました。
『もう私に家族の話をふらないでくれ』という渾身の技だったのですが、荒すぎる上に不謹慎と言わざるを得ません。やっぱり私もヤバい奴だな、と思います。
このコンプレックスは高校に入り、MisakoさんやHonamiさんと出会って、”親がヤバすぎる話”でめちゃくちゃ盛り上がった事により、解消されました。
うちも相当ですが、Misakoさんの家もHonamiさんの家も例に漏れず相当キャラが濃いです。仲間を見つけた嬉しさはかなりのものでした。
お互いの家族のヤバエピソードが私たちの友情を深めてくれたんですね。(良い話)
Misakoさんに至っては未だに「おい!ちひろ!あの話してくれよ!ちひろの父ちゃんが参観日寝た話!!」という感じでねだってきます。日本昔話じゃないんだからそう何度も聞きたくなる話でもねーだろ、と思いますが。

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