霧の港|#青ブラ文学部 お題「港」
#青ブラ文学部のお題「港」に、ショートショートで参加します。
『霧の港』
「船長、もうすぐです。桟橋が近づいてきました」
わたし前は方を睨みながら云った。今朝は濃い霧である。
「霧が晴れるまで、待ちましょうか?」
「うむ。しばらく待機しよう」
船長はレーダーを見つめていた。
二月の朝は一年のなかでも一番冷え込む。今朝のような濃霧もまま発生することがある。こんな朝は、いつもより用心しなければならない。なにが起こるか分からないからだ。かぼす港から出発したこのフェリーは、もうすぐさくら港へ到着しようとしていた。白い冷気が、窓の隙間から入り込んできて、室内もやおら霞んでいた。エンジンを一時停止し、錨を下ろした。
そのとき、するりと海から甲板に揚がる光があった。なんだろう。タコかイカかなにかだろうか? 船長はわたしに、
「いまのを見たか?」と云うのでわたしも、
「はい。なんでしょうね」と応えると、
「ちょっと確認してきてくれたまえ」と船長は云うのだった。
仕方なく、わたしがおそるおそる甲板に降りてゆくと、果たしてそこには美しい女性が一人立っていた。わたしが、
「危ないですよ。中に入って」
と声をかけると、
「久しぶりに帰って来たわ。日本」
と、その女性は云った。
「そうですか。それはそれは。おかえりなさい」
わたしは変だなと思いながらも、霧で良く見えないその女性の方へ向かって、近づいていった。
「わたし、タコなのよ。ほんとうは」
女の声が前置きもなく云った。
「やはり、アヤカシのものか」わたしが立ち止まると、
「でも、怖がらないでね。わたしは霧のなかでだけ人間になれるの。ねえ、せっかくだから、短歌でも詠みませんこと?」
女性は、少し挑発的に声を投げかけてきた。
「いいでしょう」わたしが応えると、
「では、言い出しっぺのわたしから。
上の世界下の世界とあるけれど蛸のわたしの天国は下」
と、女性は歌を詠んできた。
そこで、わたしは、
「では、わたしも、
旅のふね海から海へと巡ってるおしゃべりで寡黙きみ似の海の」
と、返歌した。すると、その女性は、
「あら、あなたはまだまだ、恋しているのね」と笑う。
「わたしは、ゆっくり安全運転ですから」
わたしもそう云って笑った。
アヤカシのものと短歌を交わすのも、今回が初めてではない。こう長いこと航海をしていると、こんなことはたまに起こるものだ。向こうさんも、人間界のことをよおく勉強していると見える。
霧が晴れてきた。操縦室を見上げて、もう一度甲板を振り返ると、そこにはもう何もなかった。
わたしは首を振って、船長になんて報告しようかと悩みながら、そこを後にしていた。
遠目に港の方で人が動く気配がした。
港はすぐそこに、ゆっくりはっきりと見えはじめていた。
(おわり)
作品中に短歌を埋め込みましたが、如何だったでしょうか?
そこが一番、悩まされました(汗)
また、小説+短歌で、書いてみたいと思ってます。