軽い口答えは飲み屋のネタ、過ぎた中傷は社会の毒
ようこそ、もんどり堂へ。いい本、変本、貴重な本。本にもいろいろあるが、興味深い本は、どんなに時代を経ても、まるでもんどりうつように私たちの目の前に現れる。
少し年をとってわかったことがある。男は余計なことは言うべきではないということだ。
やっと自分の祖父や親父が寡黙だった理由がわかった。男はべらべら喋ることに飽きてくるし、喋っても言い負かされ、結局はろくなことにならないからだ。
今回、私の元にもんどってきたのはこんな本だ。
『パンツを脱いだ巨人軍』(日本文芸社、1984=昭和59年)。
著者は元読売巨人軍で「史上最強の五番打者」と呼ばれた柳田真宏氏である。
この本との出会いは奇妙なタイミングだった。
わたしは多摩地区のある都市に住んでいるのだが、どうやら家の近所に柳田氏の経営しているスナックがあるという噂を聞いた。その店に通っている常連客から、ある日、柳田氏のこんなセリフを漏れ聞いたのだ。
「偉い人に楯突いてもろくなことはない(意訳)」
そんな折り、入手したのがこの本である。
この本はいわゆる暴露本だ。
だが、実際読んでみると、べつにものすごいことが暴露されているわけではない。
故川上哲治氏にはじまり、先輩であるON(王貞治、長嶋茂雄)や後輩にあたる江川、原、篠塚などの各選手に対して、柳田氏の今で言うとこの「ぶっちゃけ」な感想を述べているのみである。
たしかに、巨人軍の組織としての「不具合」を指摘するような記述もあるが、全体的には、「巨人のダンディNO.1は篠塚」みたいな、「おふざけ」の分量が多く、実はどうってことない。内容自体がスキャンダラスというより、こういう出版行為自体が謀反と捉えられたというのが、この時代の空気であったのだろう。
そういえば、昔はよく「口答えをするな!」と言われた。父権社会や封建社会の名残りといえば名残りだが、この「口答え」が立派な商品になると食いついたのが出版業界の商魂たくましいところだった。
だが、口答えも、偉い人をして「コラ、少しは慎み給え」などと言われているうちはシャレになるが、「口答えが過ぎた」商品がこれだ。
今週のもう一冊、『芸能界本日モ反省ノ色ナシ』(ダン池田著、はまの出版、1985=昭和60年)である。
以前、入手していたのだが、いつの間にかどこかにいってしまった。
軽い口答えは飲み屋のネタだが、過ぎた中傷は社会の毒。ダン池田さんのちょっとニヒルな指揮者姿は忘れられないが、もうこの本が日の目を見ることはない。
(2014年、夕刊フジ紙上に連載)
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