酒飲みは「小うるさく」飲むものである
ようこそ、もんどり堂へ。いい本、変本、貴重な本。本にもいろいろあるが、興味深い本は、どんなに時代を経ても、まるでもんどりうつように私たちの目の前に現れる。
生意気なことを言うようだが、近頃、酒場で洒脱な会話をする御仁が少なくなった。最近、酒場で耳にする会話がどうもおもしろくない。いや、正直言えば噂話の類は嫌いではないけれど、こういうご時世、無駄なトラブル回避とばかり議論、論争なども起こらない。だから、交わされる会話がテレビドラマの話や芸能人の話、せいぜいがうまい料理屋の話という体たらくなのである。
そんな時にもんどってきたのがこの本である。
『酔っぱらい読本 参』(吉行淳之介編、講談社、昭和54=1979年刊、入手価格200円)
作家・吉行淳之介氏が編んだお酒にまつわるアンソロジーである。
著者には、開高健、北杜夫、梅崎春生、ジョン・アプダイク、エドガー・アラン・ポオなどの名が連なる。わたしはひとりで酒を飲みながらこの本を読む。
<井戸水に冷やした西瓜やビールを愛する私は、店屋に入ってビールを注文すると、洗面所へ持ち込んで水道の水を数分間、じゃんじゃん浴びせることがある。いわばお燗のしなおしである。ビール通という人がいて、ビールは何々でなければいけないと、鼻高々と味覚を誇るが、親の仇でもあるかのように、電気冷蔵庫でこれでもかこれでもかと冷やしたビールは、冷たいだけで何銘柄であろうが味はないと感じるのだが、どういうものであろう>(「熱い冷たい」永井龍男)
温度にうるさい人はすべてにうるさいと言うのがわたしの持論だが、この人は、いやあ、うるさい。先日もある「温度にうるさい」友人と一緒にふらっと入った小料理屋でお燗を頼んだ時、店の奥からチンという電子レンジの音が聞こえた瞬間に、「おい、帰ろう」とその友人はわたしに言った。ある種類の人たちは、とにかく酒は「うるさく」飲みたいのである。
『酒呑みの自己弁護』(山口瞳著、新潮文庫、昭和54=1979年刊、入手価格105円)
この本もタイトルを裏切らない。酒に関する「小うるさい」エッセイである。
<ドライ・マルチニをどうやって飲むかについて、アメリカ人と論争したことがあった。私の説は、楊子にささっているオリーブを取り出し、これを口に含み、楊子はカウンターに置き、カクテル・グラスの柄を持って、すばやく飲むということであった。(中略)しかし、アメリカ人は、オリーブを沈めたままで、楊子をヒトサシ指で押さえて飲むのが正しいと言う>。
この論争に決着をつけたのは、映画『アパートの鍵貸します』で見せたジャック・レモンのやけ酒を飲む姿だった。山口氏の説が正解だという。
うるさい酒場の話も、こんなふうに洒脱に語ってもらえたら、おいしいお酒とともにいつまでも味わっていたくなる。
(2014年、夕刊フジ紙上に連載)
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