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鋸 その2
のこぎりと雪山の話です。なんのこっちゃ。 (2000文字くらい)
あっちにフラフラ、こっちにフラフラ。
なんか、ちょっと面白そうなことがあると、すぐそっちの方にいってしまうわたくし。
こんなんじゃダメですよね。
先日、碓氷健吾さんと船津祐司さんという現代を代表する鉋鍛冶のドキュメンタリー映画を観てきましたが、お二方ともそりゃその道一筋ですよ。
私の行動も文章もあっちにフラフラこっちにフラフラ。
ダメだなこりゃ。
前回、ヘンな仕事の見積もり依頼を受けた私は、その仕事にお誂え向きなレアな鋸ぎりをゲットすることが出来たのだが、その顛末やいかに。
大工道具というものは、買ってきてすぐに使えるわけではありません。
こういうところは、いかにも日本的だと思うのですが、特に職人が手で直接握る「柄」の部分は、自分で納得のゆくよう、拵えるのが基本です。
例えば、職人の使う玄能(金槌)は頭の鉄の部分だけ単体で売っていて、柄なんかついていません。柄を作る(仕込む)ところから始めなければならないのです。
昔の話ですが東京三軒茶屋に、とある老舗道具屋があって、その時は先代に色々とお話を伺うことができたのですが、何と玄能の柄の話だけでまるまる2時間!ほど滔々と語っていただいたことがあります。印象的だったのが、
「道具を仕込む手間を考えれば、道具自体の値段なんてタダみたいなものだ」
という言葉でした。
どんなに優れた刃物や玄能でも、職人の力を効率よく伝達する、スペシャルオーダーの「柄」がなければその力を十分に発揮することはできません。
そしてそれを拵える手間といったら、そりゃ大変ですよ。もちろん仕事の時間中にやるわけではありませんしね。
今回手に入れた鋸も、例によって柄がついていません。
さてさて、どんな柄にしましょうか。
私はひねくれているので、普通なのは嫌です。
かといって、色モノにはしたくないので相当悩みましたが、結局形は断面が楕円の普通の形、材料は椿を使ってみることにしました。
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鋸を挽くってのは、最も集中力の要る作業です。
鉋とか鑿(のみ)なんかは、荒削りをした後仕上げ削りをする場合が多いので、同じ個所に何度か刃物を当てる作業であり、仮に失敗してもリカバリーできる余地があるのです。
けれども鋸の場合は完全一発勝負。やり直しは絶対にできない作業であり、全集中の静的な動作であることが多いです。
そのため、柄については余計な色とか変わった形は集中力の邪魔でしかなく、何の変哲もない白っぽい木がよいです。鑿の柄とかであれば、赤樫とか色付きもアリで、私は突き鑿の柄に花梨を使ってみたこともありますが、鋸に赤い柄が付いていたら相当ヤですね。
形も五ェ門の斬鉄剣とか、座頭市の刀みたいに飾り気のないものが良いです。
伝統的に鋸の柄には檜とか桐とか柔らかく手当たりの良い材が好まれますが、手当たりの良いという表現は、恐らく握った時の感触というよりは、挽いた時の振動や、挽いている材の感触がいい感じで伝わってくるとか、何か異常がないかがよく分かるという事だと思います。
クルマでいうステアリングのインフォメーションってやつですね。
ただ、私くらいのレベルではそんな繊細な違いなんか解かるハズがないので、実験的に椿にしてみます。ひねくれているので。
この材は確か伊豆諸島で伐採されたものをサンプルとしてもらったものでした。椿は実から椿油を採るので有名ですね。
冒頭の画像は自宅に生えている藪椿ですが、雪国の常緑樹は寒そうで可哀そうです。でも、春には大きな花が咲き、ぼたっと地面に落ちた後、これまた大きな実をつけ、そこから油を採取します。
もうひとつ必要な材料として、柄の口元には籐などを巻いて割れ止めをするのですが、手元にありません。
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別に、買ってもよいのですが、どうせちょっとしか使わないので勿体ない。結局その辺の木に巻き付いている蔓でいっかと思い、山に探しにゆくことにします。
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道路の脇の雪の壁をよじのぼって、山に入りました。
ここは小鳥峠(おどりとうげ)から漆洞山に向かう橅と楢の森です。
風が吹くと、梢に乗った雪がドカドカ落ちてきます。そのせいで雪面にボコボコ穴があいているのですね。
無雪期は背の高い笹に覆われていますが、全部埋まっちゃってるぜ!
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この板、カルフのハンドメイドなのですが、とある山岳会の地元では有名なテレマーカーに頂いたものです。
その時、この漆洞山けっこう面白いから行ってみて、と言われたっきり足を踏み入れていませんでした。
そして、こんな形で向かうことになるとは思ってもみませんでした。
しかし、枯れている楢の多いこと多いこと。楢枯れ病の拡大はとどまるところを知りません。もう、虫あなだらけで見るも無残。人間界のコロナみたいなものが、何十年も楢という樹に災いしているようです。
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天候も回復し、久々の雪山を堪能することができました。
本当によい一日でした。
・・・ってオイちょっと待て!蔓は、鋸はどうした???
かなりの不安をかかえつつ、その3に続く。