【勝手に】秒速5センチメートル【脚本】
「勝手に脚本」について
過去に実写映画(ドラマ)を作りたくてプロットや脚本を書いてほったらかしにしていたものをここに公開します。目的は特にありません。
【勝手に】秒速5センチメートル【脚本】について
Yahoo動画にて昔見た新海誠監督作品に大変な衝撃を受けてから新海誠さんが好きすぎて、この方に実写屋さんとしてどれくらい対抗できるのか?と勝手に実写用の脚本を書き始めました。
脚本執筆に際して参考にしたもの
・アニメ本編
・新海誠著「小説・秒速5センチメートル (ダ・ヴィンチブックス) ハードカバー – 2007/11/14」
その他
僕一人で書いたものではなく、知り合いの脚本家さんと一緒に書きました。
その方の名前をここに記していいのかはわからないので、記しません。
秒速5センチメートル
○桜の木(夜)
木の枝に積もる雪。
黒い空から、振り続けている雪。
携帯電話の着信音。
貴樹N「ただ生活をしているだけで、悲しみはそこここに積もる」
○マンション・貴樹の部屋・リビング(夜)
薄暗い室内。鳴り続ける着信音。
隅に置かれたベッド。
貴樹N「陽に干したシーツにも」
○同・同・洗面所(夜)
コップに入っている二本の歯ブラシ。
遠くで鳴り続ける着信音。
貴樹N「洗面所の歯ブラシにも…」
○同・同・リビング(夜)
暗い室内。着信音が鳴りやむ。
貴樹N「携帯電話の履歴にも…」
室内に響く缶ビールを開ける音。
遠野貴樹(28)、壁にもたれてビールを飲んでいる。気怠そうな様子。
ベランダから見えるのは、都会の高層ビル群と降り始めた雪。
テーブルには、置かれたままの携帯。
○マンション・水野の部屋・リビング(夜)
携帯を見つめている水野理紗(28)。
水野「……」
水野、携帯を閉じて窓の外を見る。
外にはちらほらと舞う雪が見える。
水野、窓を開ける。
入り込む風にかすかに揺れるカーテン。
水野N「あなたのことは、今でも好きです。でも私たちは、1000回メールをやり取りしても、たぶん、心は1センチくらいしか近づけませんでした」
水野、降り続く雪を見つめている。
□タイトル
『秒速5センチメートル』
○世田谷区・全景
住宅が密接して建ち並んでいる。
○同・住宅街・道
ランドセルを背負い、並んで歩く貴樹(12)と篠原明里(12)。
明里、ふと一本の満開の桜の木の下で立ち止まる。
舞い降りてくる桜の花びら。
明里「ねぇ、まるで雪みたいだね」
貴樹「(意味がわからなくて)…?」
明里「貴樹くん知ってる? 桜の花びらの落ちるスピード。秒速5センチメートルなんだって」
明里、楽しそうに駆け出す。
貴樹「待ってよ明里!」
貴樹、明里を追いかける。
○同・踏切
踏切を渡りきった明里。
踏切を挟んで対面に、やっと追いついた貴樹の姿。
鳴り出す警報機、遮断機が下りてくる。あと一歩というところで踏切を渡れなかった貴樹。
踏切の向こう側で微笑んでいる明里。
明里「来年も、桜一緒に見れるといいね」
貴樹「うん」
貴樹の声を遮るかのように、明里と貴樹の間に滑り込んでくる電車。
○同・全景(夜)
住宅の灯りがぽつぽつと灯っている。
○同・遠野家・貴樹の部屋・中(夜)
部屋の隅で、電話の子機を耳に押し付けている貴樹。愕然とした表情。
貴樹N「物心ついたころから引っ越しを繰り返してきた僕は、同じ境遇の明里を、唯一の理解者だと感じていた」
貴樹「同じ中学へ行くって、約束したじゃないか…」
○同・公衆電話(夜)
公衆電話で電話をかけている明里。泣いている。
貴樹N「責めるつもりはなかった。ただ、淋しかった」
○同・小学校・廊下
花飾りや折り紙などで飾り付けされている廊下。
教室の黒板には「卒業おめでとう」の文字。
胸に花をつけている貴樹、明里と出くわす。
泣き顔で微笑みかける明里。
何も言えずうつむいてしまう貴樹。
○同・中学校・教室(夕)
窓際で一人、手紙を読んでいる貴樹。(13)
貴樹N「手紙の中の明里は、少し大人びていた」
○同・遠野家・貴樹の部屋(夜)
手紙を書いている貴樹。
貴樹N「僕は時間をかけて返事を書いた」
宛先に「栃木県〜市」と書く貴樹。
○同・桜の木(朝)
新緑の葉を付けている桜の木。
そのそばを歩いて行く制服姿の貴樹。
○同・中学校・グラウンド
サッカー部の練習をしている貴樹。
○同・遠野家・玄関(夜)
帰宅する貴樹。
郵便受けを気にする。
○同・桜の木
葉が全て散ってしまっている桜。
貴樹N「種子島への転校が決まった。引っ越しの前に、明里に会いに行くことになった」
○両毛線・車内(夜)
ボックス席に座っている貴樹。
アナウンス「大雪の影響で、ただいま○分遅れで運行しております。繰り返します。…」
腕時計を見る貴樹。時刻は22時を過ぎている。
コートのフードをかぶり、深く椅子に座る貴樹。
隠しきれない苛立ちが、貴樹のこぶしをきつく握らせる。
○岩舟駅・駅舎内(夜)
岩舟に足を踏み入れた貴樹。
と、駅舎にある人影に気づく。
貴樹「……!」
—明里だ。
目に涙を溜めた明里、貴樹のコートの裾をつかみ、堰切ったように泣き出す。
明里を温めていたのは、たった一つのだるまストーブ。
ストーブの上で湯気を立てているヤカン。
○岩舟の町(夜)
しんしんと降り続く雪道。
その中を歩いている貴樹と明里。
枝に雪が積もった桜の木の下で止まる。貴樹「これが手紙に書いていた桜の木?」
頷く明里。
貴樹「明里は本当に桜が好きだね」
明里「桜はずっと変わらないから。何度季節が変わっても、どんな場所でも、春が来れば桜の花は必ず咲く。なんだか安心するの」
貴樹「どんな場所でも、かぁ。種子島にも、桜はあるのかな」
明里「種子島…。やっぱり少し、遠いよね…」
× × ×
貴樹と明里、桜の木の下を掘っている貴樹と明里、それぞれへあてた手紙を缶に入れて穴に埋める。
明里「ここはあたしたちのふるさとだね」
貴樹「ふるさとかぁ…」
明里「またこの場所に来る頃、あたしたちどんな風になってるんだろう…」
貴樹「うん」
明里「もっと大人になって、いろんなこと、自由になっているかな…」
ふと見つめ合う二人。キスをする。
貴樹N「その瞬間、僕たちはこの先もずっと一緒にいることはできないのだと、はっきりと分かった…」
○岩舟駅・ホーム(早朝)
両毛線が停車している。
ホームに立っている泣きそうな明里。
電車の中には貴樹。
明里「遠くまで、…ありがとう」
貴樹「……」
お互いに言いたいことを喉に詰まらせたように、言葉が出ない。
発車ベルが鳴る。咄嗟に口を開く明里。
明里「貴樹くんはこの先も大丈夫だと思う。絶対!」
はっとして明里を見る貴樹。
貴樹「手紙、書くよ! 電話も!…」
貴樹の言葉を遮り、ドアが閉まる。
○両毛線・車内(早朝)
ドアに駆け寄る貴樹。
明里、電車に近づく。
ドアに手をあてる貴樹。
走り出す電車。
離れていく貴樹と明里。
ドアに付けた手を離せない貴樹。
貴樹N「僕たちの前には、未だ巨大すぎる人生が、茫漠とした時間が、横たわっていた」
○種子島の海(朝)
朝日にきらめく広大な海。
大きな海に人の姿。
澄田花苗(18)である。
サーフィンをしている花苗。
波に乗る花苗、崩れる。また波に乗る。
繰り返し波に食らいつく花苗。どこか切羽詰まった必死な表情。
× × ×
砂浜に上がってくる花苗。
振り返り、海を見つめる。
○的の中心付近に命中する矢
張りつめた音が響く。
○高校・弓道場(朝)
一人、黙々と矢を放ち続けている貴樹(18)。
弓道場を通りかかる制服姿の花苗。
貴樹、花苗に気づき、矢放とうとした手を止める。
貴樹「澄田おはよう」
花苗「(偶然を装い)あ、おはよう」
貴樹「今日も、早いんだね」
花苗「うん」
貴樹「頑張ってるね」
花苗「(嬉しくて)!」
花苗、照れ笑いしながら「じゃあね」と駆け出す。
○丘の上(夕)
風に揺れる芝生の上に座っている貴樹。
携帯をいじり、ふと物思いにふける。
見上げた空には、茜色の雲に一番星が光っている。
○高校・弓道場裏
貴樹、女子生徒1と向き合っている。
貴樹が何か言うと、女子生徒1はうつむいて逃げ出すように走って行ってしまう。
無表情の貴樹。
その様子を、離れたところから見ている花苗。
花苗と一緒に見ている友人1。
友人1「ひぇー、何人断るんだか。花苗、あいつ絶対東京に彼女いるってー」
花苗「(複雑で)そーんなーぁ」
× × ×
花苗、帰ろうとしている貴樹に声をかける。
花苗「貴樹くん」
貴樹「澄田」
花苗「今帰り?」
貴樹「ああ。…一緒に、帰ろうか」
○道(夕)
夕暮れに染まる道。
原付に乗って走っている貴樹、花苗。
貴樹の背中を見つめている花苗。
○集合住宅・郵便受け前(夕)
郵便受けの前を素通りする貴樹。
○踏切前(日替わり/夕)
夕暮れに染まる線路。
遮断機が下りている。
貴樹と花苗、並んで待っている。
花苗はヨーグルッペ、貴樹はコーヒー牛乳を飲んでいる。
花苗「ごめんね、歩くの付き合わせて」
貴樹「いや、歩きたい気分だったから」
花苗「バイク、ついに壊れたかなぁ」
貴樹「明日、家の人に取りに来てもらいなよ」
花苗「うん」
電車がやって来る。
「NASDA/宇宙開発事業団」と書かれた大きなトレーラーである。
圧倒されて見ている貴樹と花苗。
花苗「…時速5キロなんだって」
貴樹「!(花苗を見る)」
花苗「…果てしなく、遠い旅だね」
二人はしばらくの間トレーラーに見とれる。
花苗「あたしは、この島以外なんて、考えてもみなかったな…」
貴樹「え?」
花苗「…貴樹君、東京の大学受けるって、ほんと?」
貴樹「あぁ、うん…」
花苗「やっぱりそっかぁ。うん。そんな感じ。…すごいね」
貴樹「すごくなんかないよ」
花苗「あたしはまだ決められなくて。何も」
貴樹「うん」
花苗「やっぱり貴樹君すごいよ」
過ぎ去っていくトレーラー。
○海(朝)
サーフィンをしている花苗。
倒れても何度も波に食らいつく。
何度目かの波、やっと波に乗れた花苗。
花苗「やったー!」
ガッツポーズする笑顔の花苗。
○丘の上(夕)
携帯をいじっている貴樹。
宛先は入力されていない。
○丘の下(夕)
花苗、丘の上に貴樹を見つける。
花苗「(意を決したように)…」
○丘の上(夕)
貴樹に近づく花苗。
花苗「(微笑んで)ここ、いい?」
薄く微笑む貴樹。
× × ×
並んで座っている二人。丘の向こうには海が広がる。
花苗「あたしね、試しにちょっとだけ、島を出ること考えてみたの」
貴樹「へぇ。そっか」
花苗「そしたら、想像できなくって。不思議なんだけど、この海も丘も、空も匂いも、ぜーんぶ染みついて離れないんだよね。なんていうのかなぁ、あー、こういうのってふるさとっていうのかなーとか、思ったりして…」
貴樹「ふるさと」
花苗「臆病なだけなのかな」
貴樹「そんなことないよ」
花苗「春からは、離れ離れなんだね」
貴樹「……」
○道(夕)
夕日が真っ赤に染める道。
花苗と貴樹、無言で歩いている。
花苗、貴樹の少し後ろを歩く。
花苗の目には涙があふれてくる。
花苗「貴樹君…!」
耐えきれず呼び止める花苗。
涙ぐんだ花苗の目。
無機質な目で返事をする貴樹。
「何も言うな」そう言っているようなその目。
花苗「(涙がこぼれて)……」
貴樹「澄田…」
泣きじゃくる花苗に手をかけようとする貴樹。
花苗「…っく、…いで。…これ以上、優しくしないで!」
と、その時、ロケットが打ち上げられる。
空を二分し、宇宙を目指すロケット。その光景に圧倒される二人…。
○鹿児島空港・入口
○同・出発ロビー
貴樹、ボストンバックを持っている。
花苗、貴樹と向かい合う。
貴樹「見送り、わざわざありがとう」
花苗、涙で言葉を詰まらせる。
貴樹「澄田…」
貴樹が言いかけると、花苗は涙を拭って、
花苗「大丈夫だから!」
貴樹「……!」
花苗「あたしは、こっちでいろいろと頑張ってみる。貴樹君みたいに素敵になれるかわからないけど…」
笑顔になる花苗。
花苗を見つめる貴樹。
○青空
貴樹N「もうずっと、とにかく前に進みたくて、届かないものに手を触れたくて…」
○青空の下
花苗、空を見上げている。
花苗「(何か強い意志を持って)…」
○高層ビル・ビル全景
○×××システム・オフィス内
パーテーションで一席ずつ仕切られたオフィス内。
しんとした室内にパソコンのキーボードを打つ音が響く。
その中にスーツ姿の貴樹(28)。
貴樹N「それが具体的に何を指すのかも、どこから湧いてくるものなのかも、わからないままに僕は働き続け…、日々弾力を失っていく心がひたすら辛かった…」
○同・会議室・中
会議中。
集まっている社員十数名。
役員側と若手中堅社員側にわかれて座っている。
嶋田(55)、立ち上がる。
嶋田「今回撤退することになったプロジェクトは、我々が長年開発を続けてきたものだ。撤退とは言え、我々が作り上げてきた業績の賜物に変わりはない。心して作業に取り掛かってもらいたい」
苦い表情の若手・中堅社員達。
その中に貴樹の姿。
役員1「ではこれからチーム編成を発表する。田中、佐々木、秋山、遠野…」
貴樹の隣に座っている秋山透(35)、「やれやれ」という表情。
○同・休憩室・中
社員数人が煙草を吸い、缶コーヒーを飲みながら話している。
その中には貴樹と秋山の姿もある。
社員1「結局俺らは尻拭いか」
社員2「兵隊さんには十分な役目だろ(鼻で笑って)」
社員3「先輩方のお片付けかー
社員1「成果は残しつつ、な」
社員2「都合良すぎんだろ」
会話を聞いていた貴樹、口を開く。
貴樹「正しくないと思うのなら、こんなところで不満を漏らすより直接言った方がいいんじゃないか」
しんとしてしまう社員たち。
秋山「まぁまぁ、なぁ、仕方ねぇよな、おっさんたち頭固いから」
貴樹、一人部屋を出ていく。
社員1「んだよ」
秋山「悪ぃな。あいつ、ほら口下手だから」
にやにやして休憩室を出ていく秋山。
○ガード下・立ち飲み屋(夜)
貴樹と秋山が飲んでいる。
秋山「ったく、あいつらもしょうがねぇよな」
貴樹「気、遣わせてすみません」
秋山「(笑って)慣れたもんよ。お前、言ってることは正しいんだけどな」
貴樹「はぁ」
秋山「お前は変わんねぇな。入社したころからちっとも」
貴樹「強引に飲みに誘ってくれましたよね」
秋山「お前の持つ空間っつうの? バリアはってるっつーか、俺と似てんだよな」
貴樹「似てませんよ」
笑う秋山。
秋山「そろそろ行くか。彼女待ってんだろ?」
貴樹、残っているビールを飲み干す。
○マンション・水野の部屋・リビング(夜)
丁寧に作られた食事が並ぶ。
食べている貴樹。
その様子を嬉しそうに見ている水野。
水野「今日ね、職場に鳩が入ってきたの。もう、大騒ぎ。みんなはしゃいじゃって、しばらく仕事にならなかったんだから」
水野は今日あったことなどを楽しそうに貴樹に話して聞かせている。
貴樹、時折相槌を打つ。
× × ×
片付いた食卓。
ソファに座っている貴樹のもとに、コーヒーを運んでくる水野。
貴樹、気づかぬうちにため息が漏れている。
水野「どうしたの?」
貴樹「ちょっと。でも仕方の無いことだから」
水野「仕方の無いこと?」
貴樹「うん。大丈夫だよ」
貴樹は微笑む。
水野、そんな貴樹を見つめて、悲しげに微笑む。
水野「私、難しいことよくわかんないけど、体だけは大切にしてね」
貴樹「うん、ありがと」
水野「ねぇ、貴樹君の一番好きな食べ物って何?」
貴樹「(しばし考えて)なんだろ。思いつかないな」
水野「じゃあ…」
貴樹、コーヒーを飲む。
水野「作ったらなんでも食べてくれるってことか! オムレツでしょー、サバの味噌煮でしょー。あ、やっぱハンバーグとか!」
微笑む水野。
つられて微笑む貴樹。
○(回想)街中
歩いている貴樹。
水野の声「あの」
振り返る貴樹。
そこには日傘を差した女性、水野がいた。
水野「×××システムの遠野さん、ですよね」
貴樹「あぁ、ええと、○○さんの部署の…」
水野「水野です。良かった、思い出してもらえて」
貴樹「偶然ですね」
水野「はい。ブラブラしてました」
貴樹「僕もです」
微笑む水野。
水野につられて微笑む貴樹。
貴樹「…。お茶でも、どうですか?」
水野「あ、はい!」
貴樹と水野、並んで歩き出す。
○(回想)カフェ・中
窓際の席で話している貴樹と水野。
お互い笑顔が絶えない。
貴樹N「彼女の話す言葉のリズムは心地が良く、彼女と交わす会話は呼吸がぴったりと重なるような気がした」
○(回想)同・外
カフェを出る貴樹と水野。
貴樹「今日は話せて楽しかったです。よかったら、また会いませんか?」
水野「はい、私も楽しかった。またお願いします」
○(回想)イタリアンレストラン・中
パスタを食べている貴樹と水野。
会話が弾んでいる。
水野「うちの両親は、あんまり仲良くないんです。だからあたしの役目はご機嫌取り」
貴樹「そうなんですか」
水野「それになんだか疲れちゃって。逃げるように東京に出てきました(微笑)」
貴樹「……」
水野「本当に居心地のいい場所って、まだよくわからなくて」
ウエイトレスがやって来る。
貴樹の前にコーヒー、水野の前に紅茶とミルクを置く。
水野、紅茶にミルクを入れながら、
水野「とりあえず東京、なんて、かっこつけてるだけですよね」
貴樹「でも、自分で決めて、ここにいるんですね」
水野「遠野さんも、そうでしょ? いろんなところに暮らしてきて、最後にはここを選んで、きちんと働いている」
貴樹「(そうだろうかと思い)……」
水野、紅茶を飲んで、
水野「システムエンジニアって、かっこいいですね」
貴樹「そうですか。自分ではそう思えないですけど」
水野「私から見たら十分」
貴樹「所詮、孤独な作業ですよ」
水野「そんなこと。私なんか、特に夢とかもなくって」
貴樹「夢」
水野「はい。あ、ほら小学校のときとか、文集に将来の夢とか書かなきゃならなかったじゃないですか」
貴樹「ああ、はい」
水野「あれ、ものすごく困りません?」
貴樹「(笑って)わかります」
水野「ですよね! 大人になってからのことなんて全然想像できないし。ってなんか、つまらない人間ですね…」
貴樹「俺も同じです」
水野「え?」
貴樹「大人になれば、色んなことから解放される、自由になれるんだと思っていました。でも今だって分からない。自分がどうして生きて行きたいのかも…」
水野「(笑って)こういうの、似たもの同士、っていうんですかね」
つられて微笑む貴樹。コーヒーを飲む。
貴樹「…理紗」
突然呼ばれて驚く水野。
貴樹「綺麗なお名前ですね」
水野「あ、はい。あの、気に入ってます」
貴樹「お母様が?」
水野「はい。理紗の理には、『筋の通った』とか堅いイメージありますけど、『宇宙の本体』とかって意味もあるんです。理紗の紗は、『薄い絹』とか『物を包むもの』っていう柔らかい感じの…」
貴樹「似合ってます。とても」
水野は照れてうつむいてしまう。
貴樹「名前で呼んでもいいですか?」
○料理教室・中
パンを作っている女性たち。
その中に水野の姿。
ハジメ(50)、やって来て、
ハジメ「理紗っち、またノーメイクぅ?」
パン生地を力を込めてこねている水野。
水野「え、いえ。それなりには」
ハジメ「ナチュラルメイクね」
水野「まぁ」
ハジメ「いいわね若いって」
水野「そうですか?」
他の生徒たちがくすくすと笑う。
ハジメ「ちょっとぉ。笑わないでよぉ」
和やかな雰囲気の教室内。
水野も笑っている。
○×××システム・会議室・中
重苦しい空気が漂う。
プロジェクト撤退作業チームと前任の幹部側チームとが対面して話し合っている。
貴樹「終わらせるためには、プロジェクトそのものをなかったものにするべきなのではないでしょうか」
渋い顔をしている嶋田。
秋山「自分も同感です。このままじゃ、いくら時間があってもたりません」
役員1「部長…」
考えている嶋田。
嶋田「いや、今まで通りの方法で続けてくれ。積み重ねてきたものを何もなかったようにはできない」
出ていく嶋田。
不満が残った表情の秋山、貴樹。
○同・オフィス内(夕)
自分のデスクでパソコンに向かい作業をしている貴樹。慣れた手つきでプログラムを入力する、だが途中でエラー画面になってしまう。再度プログラムを打ち込む、がまたもやエラー。
貴樹はため息とともに、冷えたコーヒーに手を伸ばす。その時携帯が鳴る。メール画面には
『理沙』
の文字。
『今日は来れそう?』
の文字。返信を打つ貴樹。
『今日も無理だと思う』
しばらくして帰ってくる水野からのメール。
『そっか。了解! 無理はしないでね』
貴樹、静かに携帯を閉じる。
デスクの隅に置かれる携帯。
○マンション・水野の部屋・キッチン(夕)
ガスコンロの火を消す水野。
フライパンには、二つのハンバーグ。
○ショッピングモール・中
貴樹と水野、デートしている。(デートの様子フラッシュで)水野、はしゃいで服を選ぶ。
靴を試し履きする水野。
見ている貴樹。
雑貨屋で「かわいい」などとはしゃぐ水野。
× × ×
水野「これ買ってくる!」
貴樹「買ってやるよ」
貴樹、水野の手にした水色のキャンドルに触れる。と、貴樹の手からキャンドルを離す水野。
水野「あ、大丈夫。自分で買うよ」
水色のキャンドルを手にレジへ向かう水野。
貴樹「(水野の後姿を見守って)……」
水野「(ふと暗い表情になって)……」
○同・カフェ・中
話している貴樹と水野。
ウエイトレス、注文を取りに来る。
貴樹「コーヒーと、ミルクティー…」
水野「(遮って)あ、私もコーヒーで」
ウエイトレス「かしこまりました」
貴樹「大丈夫なの?」
水野「うん」
× × ×
貴樹と水野の前にはブラックコーヒーが置かれている。
コーヒーに口をつける貴樹。
コーヒーに目を落としたまま、顔を上げられない水野。
水野「…大変だね、仕事」
貴樹「いや」
水野「ますます忙しくなって」
貴樹「うん、それで…」
水野「(遮って)あんまり会えなくなるね」
貴樹「……ごめんな」
水野、コーヒーに口をつけ、苦い顔をする。
貴樹「(水野を見て)やっぱり、変えてもらおうか」
水野「(首を横に振り)でも携帯もあるし」
貴樹「?」
水野「一秒も連絡が取れないわけじゃない」
貴樹「そうだね」
水野「(貴樹を見て)私が貴樹君の家に行ったっていいよ。一応合鍵あるんだし」
すがるような目で貴樹を見る水野。
貴樹「理沙」
水野、再びコーヒーを飲む。
貴樹「ミルク、入れないの?」
応えずブラックコーヒーを飲む水野。やはり苦かったと見えて顔をしかめる。
貴樹「めったにコーヒーなんか飲まないのに」
水野「…貴樹くんて大人だね。私、28にもなって、コーヒーも飲めないの」
貴樹「コーヒーひとつで、大人かどうかなんて…」
水野「貴樹君。私ね、実家に帰ろうかと思ってる」
貴樹「え?」
水野、コーヒーカップを持つ手が震えている。
水野「(止めてほしい)……」
貴樹「……」
水野「……」
貴樹「そうか…」
そのまま無言の時間が過ぎる。
× × ×
貴樹のコーヒーは飲み干されている。
貴樹「帰ろうか、そろそろ」
水野の前には、飲み干せなかったブラックコーヒー。
涙のたまった瞳で、コーヒーを見つめている水野。
○踏切
歩いている貴樹、その少し後ろを歩く水野。
二人の前には踏切。
貴樹、歩くスピードを緩めず踏切を渡り切る。
と、警報機が鳴り遮断機が下りてくる。
遅れてきた水野、踏切手前で足を止める。
踏切の向こうには、どんどん遠くなる貴樹の背中。
水野、その背中に叫ぶ。
水野「待ってよ貴樹くん!」
遮断機が下りかける中、走る水野。
振り返る貴樹。
貴樹に追いつく水野。息が切れている。二人の後ろで走っている電車。
驚いている貴樹。
水野「どうして何も見せてくれないの?」
貴樹「理沙?」
水野「あたしのことちゃんと見てる?」
貴樹「え?」
水野「あたしは貴樹君のこと見てきた」
二人の後ろで走り去る電車。遮断機が上がっていく。
水野「貴樹君の笑顔がどこか淋しいことも、私を見てるようで、どこか遠くを見ていることも」
貴樹「理沙、そんなことないよ」
水野「大丈夫っていう貴樹君、本当は助けてって言ってる」
貴樹「……!」
貴樹を真剣に見つめる水野。
貴樹、後ずさりする。
○(回想)岩舟駅・ホーム(早朝)
両毛線が停まっている。
ホームに立っている中学生の明里。
明里「大丈夫だよ!」
電車のドアが閉まり、貴樹、ドアに駆け寄る。
しかし電車は発車し、離れていく二人。
貴樹N「あの時、僕たちはもうこの先一緒にいることはないんだとはっきりわかった」
○踏切
後ずさりし、水野から離れる貴樹。
○(回想)種子島・道(夕)
夕暮れの帰り道、潤んだ瞳で訴えかける花苗の目。
その目を直視できない貴樹。
貴樹N「それでも別れ際の空港で、彼女は笑った。たぶんあの時すでに、彼女は自分よりもずっと大人で強かったのだと思う」
○踏切
水野「貴樹君…?」
ぼんやりしている貴樹。
○(回想)フラッシュ
小学生の明里、泣きながら電話している。
自分の部屋で電話に耳を押し付けている小学生の貴樹。
貴樹N「あの時も…。あの時も、あの時も(繰り返し)」
文通する中学生の貴樹と明里それぞれの様子。
路線図で、岩舟までの路線を調べる貴樹。
弓道の朝練を覗きに来る高校生の花苗。
打ちあがる種子島のロケット。
雪の積もる岩舟の桜の木の下でキスをする中学生の貴樹と明里。
○踏切
水野、一人立ち尽くしていた。
水野の前に貴樹の姿は無い。
遮断機の上がっている踏切。
○×××システム・オフィス内
デスクで淡々と仕事をこなす貴樹。
デスクの隅に置かれたままの携帯。
コーヒーを飲む貴樹。
○(回想)踏切
泣きながら訴える水野。
○元のオフィス内
きつく目を閉じ、首を横に振る貴樹。
再びパソコン画面に集中する。
パソコン画面にうっすらと映る自分の顔を、睨みつける貴樹。
○オフィス
水野、デスクでぼんやりと携帯を見つめている。
上司「水野、打ち合わせ始まるぞ」
はっとして携帯をたたむ水野。慌てて席を立つ。
○料理教室(夜)
マフィンを作っている生徒たちの中、心ここにあらずの水野。
水野、グラニュー糖をボウルに入れていると、ハジメやって来て、
ハジメ「あらやだ、理紗っち、入れすぎ入れすぎ! 計量器は?」
水野「(あ)」
ハジメ「お菓子は分量が基本、絶対よ」
水野「すいません」
始め「でもほら、生地を少し増やしましょう。いくらだってやり直せるわ」
× × ×
試食タイムの教室内。
ハジメは水野に話しかける。
ハジメ「美味しくできたじゃない」
水野「さっきはぼーっとしちゃって」
ハジメ「男ね。何よ、彼氏いるんじゃない」
水野「でも、片思いしてる気分なんです」
ハジメ「はっきりしないカップルねぇ。でもそういうのって大概男が悪いのよ。うじうじぐずぐず、幼虫みたいにじめ〜っとしたやつなんでしょう? 男ってほんっとウジ虫弱虫ねぇ!」
水野、思わず笑う。
水野「春になっても、土の中から出てこない、そんな人です。当たってますよ、ハジメさん」
ハジメ「…そうだ。理紗っちにいいものあげる」
水野「?」
沢山作られたマフィン。
○カフェ(夜)
カフェで話しているハジメと水野。
ハジメの前には生クリームたっぷりのスコーン。
ハジメ、いくつかの化粧品を差し出す。どれもブランド品。口紅やファンデーション、アイシャドウなど。
ハジメ「結構いろんな人にもらうのよ」
理紗「どうして使わないんですか? その、前から聞きたかったんですけど…」
ハジメ「趣味女装、じゃないのよあたし。好きになるのが男、ってだけ」
ハジメ、化粧もせず服装はいたってシンプル。(エスニック風なものなど性別問わないような服装?)
ハジメ「みんな勘違いするから、いっぱい余ってるの。あげるわ。使い方分かる? 濃くする必要はないわよぉ」
水野は躊躇しつつも、化粧品を受け取る。
ハジメ「あなたは器用だから、自分を引き出すメイクができると思うわ」
水野「そんなことしたって」
ハジメ「その中途半端な男に見せてやればいいじゃないの。綺麗に変わった理紗っちを」
水野「メイクだけで変われたら奇跡ですよ」
ハジメ「…そうね。…これ見て」
ハジメは鞄から安物の口紅を取り出す。開けると少し使った跡がある。
ハジメ「最初に本気で好きになった人のために、口紅を塗ったの。たった一度」
水野「一度?」
ハジメ「学生のとき。親友だった人に告白しようと決めたとき」
水野「親友…」
ハジメ「口紅を塗ったあたしに、その人は言ったの。『化粧したって、元は元だ。俺はお前と一生の友達でいたい』」
水野「……」
ハジメ「恋愛対象としては振られたけど、親友としては認めてくれた。真剣に向き合ってくれた。嬉しかったわ。それからよ、その人が呼ぶ『元』っていう男くさい名前、好きになれたの」
水野「あ! 私もです。理紗って名前、気に入ってて、それってその、彼のおかげもあって」
ハジメ「そう、いいじゃない。続けて?」
水野「二回目のデートで、彼が私の名前、似合ってるって言ってくれたんです。理紗って呼んでもいいか、って聞いてくれたんです。すごく嬉しくて、名前を呼ばれるたびに、世界中に認められていくっていうか。自分に特別を感じたのが初めてで。今でもドキドキします」
微笑んで聞いているハジメ。
水野「でも、そのドキドキが最近ざわざわになって、ざわざわの方が大きくなって、ハッキリと不安になっているのがわかるんです」
ハジメ「その彼のどんなところが好き?」
水野「どんな、っていうか。まっすぐパソコンに向かう姿勢も、料理を残さず食べてくれるところも、優しく笑ってくれるところも…」
ハジメ「(吹き出して)初恋ねぇ、まるで」
水野「それからあたしに、初めて居場所をくれました」
ハジメ「そう。素敵ね」
水野「でも私、彼の何なのか、支えにもなれていないんじゃないか、私ばかりが好きなんじゃないかって、そんなことばっかり考えて」
ハジメ「男だ女だ関係無しに、必要としてくれる人が必ずいるのよ。世界でたった一人。みんな壁を突き破ってやって来てくれる人を待ってる」
水野「はい」
ハジメ「少なくとも理紗っちは、彼に救われた。彼に自信をもらった」
ハジメは安物の口紅を大事そうに鞄にしまう。
その様子を見ている水野。
水野の視線に気づき、照れ臭そうに微笑んでみせるハジメ。
○マンション・水野の部屋・リビング・中(夜)
水野、ハジメにもらった化粧品を並べる。
「うわぁ」「高そう」などと驚く水野。口紅を回すと、薄いピンク色の口紅が顔を出す。
○秋山家・リビング(夜)
食卓を囲む、秋山、貴樹、秋山絵美(35)、息子(2)。
和やかな食卓。
秋山「辛かったぞ、それなりに。いやそりゃ嬉しいほうが100倍だけどさ、なんつーか、覚悟のひとつもないままに、急に父親だって言われても、なぁ」
絵美「何よ! 勝手につくっておいて!」
秋山「ひでぇ言い草だなぁ。こうやって毎日尻に敷かれてんだぜ。俺ってかわいそうだろ」
秋山、子供とじゃれ合う。
貴樹「(笑って)会社の顔とは全然違う」
絵美「会社ではあたしがいないもんだから、羽伸ばしてんでしょ」
秋山「会社じゃ上司に使われ、家じゃ嫁にいびられ、息子に蹴飛ばされ…」
そう言ってる間に息子にとび蹴りをくらう秋山。
笑いの絶えない食卓。
貴樹は微笑んでその様子を見ている。
× × ×
片付いている食卓にコーヒーを運んでくる絵美。
絵美「ブラックでよかったのよね?」
貴樹「はい」
向こうに見える和室には、息子と一緒に眠ってしまっている秋山の姿。
絵美も座ってコーヒーを飲む。
絵美「(ふーっと落ち着いて)」
コーヒーを飲む貴樹。
貴樹「美味しいです。ふとした時に、飲みたくなるものですよね、コーヒー」
絵美「え?」
貴樹「始めは、カッコイイかなって思って飲み始めたような気がします。でもいつの間にか、癖みたいになって」
絵美「(微笑んで)透ね、あなたの話よくするのよ」
貴樹「え?」
絵美「『俺の若い頃に似てるイケメンがいる』って」
貴樹「(笑って)正反対じゃないですか」
絵美「この人、子供ができて変わったの。その前は無駄に熱くて、敵ばっかり作って」
貴樹「今でも充分熱いっすよ(笑)」
絵美「ううん。ホントに変わったのよ。会社でモメ事つくるの得意だったんだから。『俺は間違ってねぇ! 間違ってねぇのになんで折れなきゃなんねぇんだ!』とか言って」
貴樹「……」
○元の秋山家・リビング(夜)
奥さん「でもね、あの子ができてから変わった。きっとあの人なりに構え方を変えたのね」
息子と並んで寝ている秋山を見つめる貴樹。
○駅前(翌日/夕)
改札を出た貴樹。寒さに手をこすり合わせる。
ふと顔を上げると、寒そうにして待っている水野の姿。
○マンション・貴樹の部屋・中(夜)
貴樹、水野に紅茶を淹れる。市販のミルクを添えて水野の前に置く。
水野「やっぱり、忙しいんだ。休日なのに」
貴樹「うん」
うつむいたままだった水野が顔を上げる。が、貴樹は水野を見ていない。
水野「私、少し変わったの」
貴樹、ふと水野を見る。
水野の顔が、丁寧にメイクされていた。
貴樹「見た目が、ってこと?」
水野「そう。わりと、似合ってると、思うんだけど」
貴樹、水野から顔をそらし、
貴樹「…理紗は、いつも通りの方が理紗らしいよ。なんか、違う人みたいだ」
水野「うん。そう言うと思ってた。…でもさ、これも私だから。たまにはこういうのもいいと思ってる。こういうのも間違いじゃないと思うの」
貴樹「なら、いいんじゃないかな」
水野「そう。いいでしょ? 私すごく頑張っちゃってるでしょ?(自嘲気味に笑って)むちゃくちゃだよね。待ち伏せなんかしたりして。実家帰るとか、嘘ついちゃったりして」
貴樹「…嘘?」
水野「ね、ちゃんと見て。変わっていくものを、ちゃんと見て」
貴樹、水野を見る、が目をそらしコーヒーをすする。
水野「ちゃんと見てくれたら、おとなしく帰るから。私も少し大人になったんだよ。紅茶、ミルク無しでも飲めるようになったし。甘いお菓子にはね、少し苦いくらいの紅茶が合うの」
貴樹「料理教室、今も通ってるんだ。そっか、続けているんだね」
貴樹、水野を見つめる。
水野「好きだから続けてる。だけど少しずつ、変わってきた。最初は、仕事と家の往復で、生活に何か変化がほしくて通い始めた」
貴樹「うん」
かすかに震えている水野の手。
水野「それから貴樹君に出会って、貴樹君に美味しい料理を食べてほしくて、ますます楽しくなった」
貴樹を見つめる水野。
水野「今はね、自分の為に作ってる。上達するたびに、料理が好きになって、楽しくて仕方がないの」
貴樹「うん」
水野「(諦めたように貴樹を見つめて)……」
× × ×
飲み干された紅茶。
残ったコーヒー。
○改札(数日後/深夜)
改札を出て歩いている貴樹。
ふと雪が降り始めたことに気が付く貴樹。
ビルに挟まれた東京の狭い空。
貴樹、ちらほらと舞う雪を見上げる。
○マンション・貴樹の部屋・中(深夜)
暗い部屋に、缶ビールを開ける音が響く。
貴樹、壁にもたれてビールを飲んでいる。気怠そうな様子。
ベランダから見えるのは、都会の高層ビル群と降り始めた雪。
テーブルには、置かれたままの携帯。
水野N「あなたのことは、今でも好きです。でも私たちが人を好きになるやり方は、お互いにちょっとだけ違うのかもしれません。そのちょっとの違いが、私にはだんだん、少し、辛いのです。私たちは、1000回メールをやり取りしても、たぶん、心は1センチくらいしか近づけませんでした」
何かを睨むように暗闇を見つめる貴樹。
○(回想)フラッシュ
「優しくしないで」と訴えかける涙の澄田。
「ありがとう」と言って泣きながら笑った空港での澄田。
「ごめんね」とつぶやく公衆電話にいる明里。
「貴樹君はきっと大丈夫」と言った岩舟駅での明里。
○元の貴樹の部屋・中(夜)
貴樹、缶ビールをあおる。
○×××システム・オフィス・中
歩いている嶋田を呼び止める秋山。
秋山「部長、撤退プロジェクトメンバーから、自分と遠野を外してください!」
貴樹、駆け寄って来て、
貴樹「落ち着いてください、秋山さん」
秋山「もう無理だろう。最初からむちゃくちゃなんだよ」
騒ぎに反応した社員達、貴樹たちのもとへ集まってくる。
嶋田「秋山落ち着け」
秋山「もう限界です。何のメリットもないこんな作業、積み上げたあなたたちがやるべきだ!」
嶋田「何度も言うが、方針は変えない」
言葉に詰まる秋山。
秋山の懸命な姿を見て貴樹が口を開く。
貴樹「これまで作り上げてきた先輩方のシステムは、本当に素晴らしいものだと、ここにいる誰もが解っています。だけど、一度それを壊さなきゃ、無くさなきゃ、始まりは来ないと思うんです。部長たちのやり方に従うことは簡単です。だけど、ここで僕ら新チームの気持ちを部長たちに伝えないまま、理解してもらえないまま作業を進めることはできない。苦しい作業になる。苦しいまま続けるのは辛い…。自分の気持ちに蓋をして、気付いてもらえないままでいるのは、とても、辛いんです…。だから、だから僕は、今の自分を閉じ込めたくないと思います。チームや仲間を、援護させてください」
震える貴樹の手。
嶋田「……」
秋山「遠野」
貴樹の目に溜まる涙。思いがけない涙に驚く貴樹。
役員1「おい、お前らいい加減に…」
嶋田「(遮って)お前たちの気持ちはわかった。
だが、方針は変えない。作業を、続けてくれ」
社員達に向かって頭を下げる嶋田。
嶋田、秋山、貴樹に社員達の視線が注がれている。
○ガード下・立ち飲み屋(夜)
飲んでいる貴樹と秋山。
秋山「ありがとな」
貴樹「いえ、僕も、同じ気持ちでした」
秋山「お前、めちゃくちゃかっこいいこと言ってたな」
貴樹「蓋を、していたんです。ずっと」
秋山「?」
貴樹「…初恋の相手が、忘れられないんです。正確に言うと、きっと忘れてはいけない存在なんです。俺その人と、ふるさとをつくったから。ふたりだけの」
秋山「ふるさとか…。遠野、ずっと転校ばかりしてきたんだったな」
貴樹「大人になったら掘り起こそうって、桜の木の下に手紙を埋めたんです」
秋山「あー、タイムカプセルな」
貴樹「いつ掘るのか、約束はしませんでした。できなかったんだと思います」
秋山「なんでよ」
貴樹「お互いなんとなく、一緒に掘ることができないような気がしてたからだと…」
秋山「…そうか」
貴樹「触れていいのか分からない、尊い場所のような気がする」
秋山「大切にすればいいよ」
貴樹「でも、ふるさとにゆるい蓋をして、たまに開けたり閉めたり。そういう自分が、理紗も、今まで出会った女性も、知らずに傷つけてしまっていた」
秋山「ふるさとを大切にする方法を変えればいいんじゃねぇか」
貴樹「……」
秋山「ふるさとって変わらないんだよ。実体のないものだと俺は思う」
貴樹「実体がない?」
秋山「バラバラになってしまう自分を、ふとしたときにひとつにまとめてくれる場所」
貴樹「……」
秋山「だから心配しないで、未来を動かせ。過去を想うだけじゃ動けない。それにいつか自然と足が向く、そういう時期がくる」
貴樹「…はい」
秋山「俺さ、マジ悩んだ時期があってよぉ。子供が産まれて、そうだなぁ1歳前後の時かな。俺が全然大人になれてないのに、ガキはどんどんでかくなってさ。嫁はすっかり母親ヅラしてて、なんか置いてきぼりくらった感じしてたなぁ。嫁も俺も、同じタイミングで親になったはずなんだけど、どこで差が出たんだか」
貴樹「女性は、強いですね」
秋山「それがさ、嫁曰く、強くならざるを得ねぇんだってよ」
貴樹「どうして?」
秋山「男が弱いから」
笑い合う貴樹と秋山。
○桜の木
花が咲き始めている。
○×××システム・オフィス内
窓から桜の木が見える。
辞表を提出する貴樹。
受け取る嶋田。
嶋田「…そうか」
頭を下げる貴樹。
嶋田「うん。遠野、少し話したいな」
○同・休憩室・中
嶋田、貴樹に煙草を差し出す。
受け取る貴樹。
しばしお互い顔も合わせず、煙草の煙を吐き出す。
嶋田「…お前や秋山には、本当に苦労をかけたな」
貴樹「…いえ」
嶋田「最後だと思って、頭の固い大人の想いを聞いてくれるか?(微笑)」
貴樹「はい」
嶋田「俺たちの仕事はな、デジタルの世界のものだし、チームと言ったって個々の作業を積み上げるだけで、言っちまえばスタンドプレーの集合体だ。お前らの言う通り、終わらせる為のプロジェクトは簡単に無かったことにできる」
窓から見える桜の木。
嶋田「だけど実際、プログラムするのは俺たち人間なんだ。アナログ代表の人間。このプロジェクトを成功させる為に尽力した旧メンバーたちは勿論、敗戦処理をすることになった若いお前たちにも、わかってほしかったんだ。人間の想いでつくられたプログラムに、きちんと向き合ってほしかったんだ」
貴樹「……」
煙草を消す嶋田。
貴樹「自分は、ゼロか100か、その判断が、カッコイイと思ってました。仕事に人の気持ちなどないと、決めつけていました…」
嶋田「純粋な証拠だ。うらやましいな」
嶋田、貴樹に握手を求める。
貴樹、握手に応じる。
嶋田のその手は、深くしわが刻み込まれ、分厚く、そして熱い手であった。
○踏切
踏切を渡る貴樹。
ふと、髪の長い女性とすれ違う。
貴樹「(明里かと思い)……」
はっと振り返る貴樹。
と同時に電車が視界を遮る。
電車が過ぎ去るのを待つ貴樹。
貴樹「(踏切の向こうを見つめて)……」
電車が過ぎ去り、遮断機が上がる。
踏切の向こう側、誰もいない。
○種子島・道
一人歩いている貴樹。
丘があり、海があり、広い空がある。
周囲の自然に懐かしそうに目をやる貴樹。
花苗(28)の声「うそ! 遠野君?」
振り返るとそこには花苗(28)の姿。
お腹が少し大きくなっている。
貴樹「澄田?」
○海・砂浜
座っている花苗、貴樹。
花苗「もー、びっくりしたよー!」
貴樹「俺も」
ぷっと吹き出す花苗。
花苗「ほんとに驚いてんのー? 変わんないなぁ」
貴樹「澄田は…」
花苗の左手の薬指に光る指輪。
花苗「うん、結婚したよ。(お腹を撫でて)この通り、もうすぐお母さん」
貴樹「そっか。おめでとう」
花苗「それにね、あたし保育士になったの」
貴樹「保育士か。澄田、似合ってるな」
花苗「やっぱし?」
しばらく海を見つめる二人。波の音。
貴樹「海って綺麗なんだな」
花苗「(笑って)うっそ! 今更—?」
貴樹「うん、おかしいよな」
花苗「でも遠野くん、もう二度とこの島に戻って来ることないって思ってた」
貴樹「正直俺にとってここは、人生の中で5年住んでただけの、それだけの場所だった。でも、ここには俺がいた時間がちゃんとあったんだな」
花苗「あったよ。遠野くん、ちゃんとここにいたよ」
貴樹「ここだけじゃない、俺が住んでたたくさんの町にそれはちゃんとあるんだ」
貴樹、丘に寝そべり体を伸ばす。
太陽の光に照らされる貴樹の顔。
流れる雲。
貴樹「俺、自分で時間、止めてたのかぁ」
花苗「ていうかさ、こんな島〜とかって忘れられてたら、アタシのせつなぁ〜い恋もなかったことになっちゃうじゃん!」
明るく笑って話す花苗。
微笑む貴樹。
○鹿児島空港
花苗「また見送りに来ちゃったね」
笑う花苗。
花苗「だけど昔とは違う、不思議な気持ち」
貴樹「うん」
花苗、貴樹にポストカードを渡す。
種子島の自然が写っているポストカード。
花苗「遠野君は、ちゃんとここにいたよ」
微笑む花苗。
ポストカードを見つめる貴樹。
貴樹N「今なら、きちんと向き合える気がした。俺の心のありか。たったひとつの、ふるさとに…」
○岩舟・満開の桜の木の下
明里(28)、手紙を掘り起こす。
「明里へ」と書かれた手紙を取り出すと、すでに埋められていた「貴樹くんへ」、の手紙の上に、明里と松村の写った結婚式の写真を入れる。裏には「私は幸せだよ」と書かれている。
明里、「明里へ」の手紙を開ける。
貴樹(13)の声「大人になるということが具体的にどういうことなのか、僕にはまだよく分かりません。でもいつかずっと先にどこかで偶然に明里に会ったとしても、恥ずかしくないような人間になっていたいと僕は思います。そのことを、僕は明里と約束したいです。明里のことが、ずっと好きでした。どうかどうか元気で。さようなら」
手紙を持つ左手の薬指に光る婚約指輪。
やって来る松村(30)。
桜の木を見上げる松村。
松村「明里はほんと桜が好きだな」
微笑む明里。
○オフィス内
デスクに座っている水野。
種子島のポストカードを見ている。
裏には「遠野貴樹はここにいました」の文字。
水野「……」
やって来る秋山と×××システム社員数名。
水野に気づき、「よっ」と挨拶する秋山。
× × ×
システム修繕の作業を終え、休んでいる秋山と×××システム社員達。
そこにお茶を持ってくる水野。
水野「ご苦労様です」
水野、秋山を見ている。
○オフィス・階段の踊り場
水野、秋山と話している。
水野「あの、貴樹君って今日は…」
秋山「ん? 知らないの? あいつ辞めたよ、会社」
水野「え?」
秋山「あいつは本当に何も話さねぇのな」
水野「あの、今、貴樹君は」
秋山「さぁ。水野さんの方が、その辺はわかるんじゃないの?」
水野「……」
× × ×
水野、一人ポストカードを見ている。
種子島の自然が写っている。
○(回想)マンション・水野の部屋(朝)
ベッドで眠っている貴樹。
貴樹を起こす水野。
水野「おーきーてーよっ」
笑いながら貴樹をくすぐる水野。
笑って飛び起きる貴樹。
水野「ご飯できてるよ!」
○元のオフィス・廊下・踊り場
ポストカードを見つめている水野。
水野N「貴樹君は、家族っていいなって思わせてくれた」
水野、「ここにいます」の文字を見つめる。ふとポストカードの消印を見る。
○両毛線・車内
上り列車と下り列車の待ち合わせ。
上り列車に明里と夫、下り列車に貴樹が乗っている。
すれ違う列車。
○岩舟・満開の桜の木の下
木の下を掘る貴樹。
出てきた缶から「貴樹くんへ」と書かれた手紙と、明里の結婚写真を取り出す。
貴樹「結婚…?」
貴樹、手紙を開ける。
明里(13)声「私はこれからは、ひとりでもちゃんとやっていけるようにしなくてはいけません。そんなことが本当にできるのか、私にはちょっと自信がないです」
貴樹「明里ならできるよ」
明里(13)声「私は貴樹君のことが好きです。貴樹くん、あなたはきっと大丈夫。貴樹くんがこの先どんなに遠くに行ってしまっても、私はずっと絶対に好きです。いつか、もっと素敵になった貴樹くんが、この手紙を見つけてくれる。そう信じています。そのとき貴樹君は、とっても幸せなんです。絶対貴樹君は幸せなんです」
手紙の『貴樹君は幸せなんです』と書かれた場所に、ぽつり、またぽつりと涙が落ちる。
貴樹は止まらない涙をぬぐいもせず握りしめている。
そして結婚写真を見る。
『幸せだよ』と書かれている。
貴樹「よかった…」
微笑む貴樹。
○郵便局・ポスト前
ポストカードを手にしている貴樹。
岩舟の町が写ったポストカード。
宛名は「水野理沙様」となっている。
ポストに投函する貴樹。
ポストを見つめる貴樹。
○岩舟の町・フラッシュ
広がる青空。
走って行く小学生たち。
踏切。
田園の道。
夜の両毛線。
○岩舟駅・ホーム
ホームに降り立つ水野。
路線図、地図、ポストカード二枚を手にしている。
そのうちの一枚、岩舟のポストカード。
○桜の木の下
鞄を手にしてやって来る貴樹。
桜の木を見上げる。
水野の声「貴樹君!」
振り返る貴樹。
走って来る水野。息を切らしている。
貴樹「理紗…」
貴樹と理紗、桜の木の前で向かい合う。
水野、貴樹にポストカードを見せて、
水野「クイズじゃないんだから、もう」
笑う水野。
つられて笑う貴樹。
桜の木の下、向かい合う貴樹と水野。
—了—
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