走ることが節約になった話
さて、私はストレスが溜まると散財してしまう癖がある。
いわゆる買い物依存症、買い物したい欲に逆らえないのとは少しだけ違い、通販サイトの一覧ページを眺めるのが単純に好きなのである。
心が疲れたとき、通販サイトや通販アプリの、商品の四角いサムネイルが整然と並んでいる画面をスクロールしていると妙に落ち着くのだ。このへんは、我が家の長女と同じく私にもASD的な発達特性があるのかもしれない。
特に欲しいものがあるわけではなく、一覧画面を眺めていたいだけなのである。
しかしそういうことをしていると、
「これいいな〜」とか、
「持ってるアレに合うこういう形のボトムないかな〜」などと探し始め、まんまと散財の沼に嵌ってしまうのである。最近のアパレル通販サイトはおそろしく、丈の長さや生地でも絞り込めてしまうので、自分の狙っている商品が探しやすくなっている。なかったからいいや、と終わることがなかなかできない。
この沼に嵌って以来、私は無駄な散財をし続けてきた。障害を持った子供の世話に疲れ果てて私物の買い物にも行けないストレスがそうさせるのか、単に私の心が弱すぎるのかはわからない。両方か。
自分のためのお金も多くはないので、そろそろなんとかしないとな…と思っていたところ、始めたのがジョギングだった。
ジョギングを開始してからすぐのこの記事に「走ることは、身体に悪い系統の『はまる感じ』がある」という意味のことを書いたのだが、4週間続けた今でははっきりと、まさしくその通りであると言えてしまう。
あくまで私の私感だが、走ることには依存症と同じ系統の快楽が存在する気がする。
実際ジョギングを始めてからというもの、アパレル通販サイトを眺める時間がゼロに近いほど減ったのである。
(ジョギンググッズを買うためにAmazonなんかは開いたので、ゼロにはなっていない)
走ることが楽しくて、次はどういうコースを走ろうかと考えたり、フォームのことを勉強したり、ともかく常にまた走りたいと思っているので、シンプルに他の欲望が抑えられているのかもしれないが、もしかすると「買い物沼から、新しくジョギング・ランニング沼に嵌った」ということなのかもしれない。
でもまあ、楽しめて節約になるならいいか。
今月のカード明細を眺めつつ、そう思うことにした。
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