貧しい学校は食物を与えず
田川元太郎幸辰は スッパでイチゴを購入してテーブルに置くと
数個ずつ洗いながらどんどん食べてしまった。
中学時代に同居していた年上の従兄弟が イチゴを寄越したのはどういうことだったか それは贅沢なっ恵みだった。
親元を離れて不自由な暮らしにあったというのも 医大生の従兄弟が
私立中学を受験を奨め 早稲田中学に落ちた原因は自分で鉛筆で願書を書く羽目になったからだと考えられた。
然るに 区立中学に入ることになって上京したのである。
従兄弟らは親が早死にして 中略
よく大学 高校の休暇に幸辰の実家に逗留したので
恩を売っておく必要があったのかもしれない。
イチゴは2段になって置かれていた。産地は見なかった。
かくしてなんと貧しい青春か と回顧されたが
そのあと 伊予柑を1個バリバリと袋ごと食べた。