日本の道徳教育における現状と課題:国家主義、自由と権利、多様性、価値注入への批判的検討
レトリカ教採学院、学院長の川上です。
本日は、日本学術会議・報告 『道徳科において「考え,議論する」教育を推進するために』(2020年) を分析していきます。
日本の道徳教育が始まってから、約80年が経とうとしています。
最近では、【特別の教科 道徳】として、教科化もされました。
文部科学省は、「いじめや問題行動は、道徳や体験活動の充実によって、防止できる」とまで、述べています。
しかし、約80年続いてきた道徳の成果はどうでしょうか。
年々、いじめは過去最多を更新するばかりで、道徳教育がいじめの防止に資するとは、到底思えない状況です。
皆さん自身も、子供時分の頃に、道徳を学んでこられたわけですが、豊かな情操、道徳心なるものは、持ち合わせていると自信をもって言えるでしょうか。皆さんの身の回りで、いじめはなくなったでしょうか。
私は、日本の道徳教育をはじめ、集団優先の学級経営のあり方などが、まさにいじめを生み出す構造になっていると考えます。
なぜ、道徳教育によって、いじめが減るばかりか、増えていくのか。いじめを生み出す構造になっているのか。
そこには、美徳や精神論など、暗黙のうちに刷り込まれた心理主義化が問題となっているわけですが・・・
日本屈指のブレーン:日本学術会議がまとめた報告を、分かりやすく解説していきます。
1. 国家主義への傾斜
現状と背景
報告書は、現行の道徳教育における、国家主義的な傾向を問題視しています。
道徳の教科化後、教材の中には自己犠牲を美化したり、ナショナル・アイデンティティを強調する内容が含まれているものが見られます。
例えば、個人の利益よりも、集団や社会の利益を優先する価値観が、物語や例を通じて暗黙的に推奨されています。
このような教材は、過去の皇民化教育に類似しており、個人の権利や自由を国家や社会の利益の前に軽視する危険性があると指摘されています。
具体例と問題点
教材には、子供の自由な思考を制限しかねない描写が含まれています。
たとえば、小学校用教科書の「かぼちゃのつる」や「星野くんの二塁打」などの物語では、個人の主張や自己実現をネガティブに描き、社会や他者への貢献を美化しています。
これらの教材は、「他者に尽くすことが美徳である」という単一的な価値観を暗黙のうちに教え込む内容となっています。
影響と改善提案
国家主義への偏りは、戦後の教育改革の原則である民主主義と人権の理念に反します。
道徳教育は、個人の権利と社会全体の調和を尊重しながら、国家を超えた広い視野を持ち、他者と協力して共に生きる能力を養う場であるべきです。
このためには、特定の価値観を絶対視するのではなく、多様な価値観を認識し、それについて議論できる環境を整備する必要があります。
2. 自由と権利への言及の弱さ
現状と背景
報告書によると、道徳教育では「自由と責任」が基本的なテーマとして掲げられているものの、教科書では具体的に自由や権利を扱った内容がほとんど見られません。
その代わりに、「思いやり」や「配慮」といった心理的・情緒的な側面が強調されています。
このような心理主義的な傾向は、社会の制度や規則を批判的に考察し、改善しようとする倫理的態度を育む妨げとなります。
教材の問題例
例えば、「車いすでの経験から」という教材では、障害者が合理的配慮を求める権利を「親切」や「思いやり」の問題に置き換えています。
これにより、本来社会的な問題として議論すべきテーマが個人の内面的な態度の問題に矮小化されています。
同様に、「お母さんのせいきゅう書」では、母親が無償で家事を担うことが暗黙の前提として描かれ、性別役割分担が固定化されています。
影響と改善提案
自由と権利への言及が不足することで、児童・生徒は、個人の権利や自由を社会の仕組みの中でどう守るべきかを学ぶ機会を失っています。
この問題を克服するには、道徳教育が心理主義に頼るのではなく、社会的・政治的な観点を取り入れる必要があります。
特に、社会制度の不平等や権利侵害について考え、議論する時間を設けることが重要です。
3. 価値注入の問題
現状と背景
現代の道徳教育は、多様な価値観が共存する社会に対応する必要があります。
しかし、特定の価値観を一方的に教え込む「価値注入」の傾向が依然として存在します。
これは、児童・生徒が無批判にその価値観を受け入れることで、多様な意見や視点を排除し、批判的・反省的な思考を阻害する要因となっています。
問題点の具体例
教科書では、特定の価値を絶対視するような記述が見られます。
例えば、「規則の尊重」に関する教材では、規則が正当かどうかを議論する余地を与えず、規則を無条件に守るべきだと暗示する内容が含まれています。
このような教材は、子供たちが規則の背景や合理性を考える機会を奪い、形式的な規則遵守に留まらせるリスクを孕んでいます。
影響と改善提案
価値注入を避け、手続き的な道徳性を教えることが重要です。
つまり、子供たちが特定の価値観をただ受け入れるのではなく、議論を通じて自ら考え、価値観を形成できる教育環境を整備する必要があります。
これには、哲学的思考を取り入れ、批判的に物事を考えるスキルを養うことが有効です。
4. 多様性受容の不十分さ
現状と背景
多文化共生が進む現代社会において、道徳教育が多様性を適切に扱えていない点が課題として挙げられています。
報告書では、特に宗教的・文化的少数者の権利や価値観が教育に反映されていないことが指摘されています。
これにより、マジョリティの価値観が暗黙のうちに押し付けられる状況が生じています。
教材の問題例
例えば、「七夕」や「盆踊り」といった伝統行事を取り上げる教材では、それらが他宗教から見た際に宗教的な意味を持つ可能性について議論する場が設けられていません。
このような教材は、少数者の視点や背景を無視し、彼らが疎外感を覚える結果を招く可能性があります。
影響と改善提案
多様性を尊重する道徳教育の実現には、異なる文化的背景や価値観を持つ人々が共存できる環境を作ることが不可欠です。
宗教的・文化的多様性についての議論を道徳教育に取り入れ、児童・生徒が相互理解を深める機会を提供することが求められます。
まとめと展望
これらの課題を解決するためには、以下のような教育改革が必要です。
1. 哲学的思考の導入:
批判的で反省的な思考を通じ、児童・生徒が多様な価値観を検討できる力を育む。
2. シティズンシップ教育との連携:
民主社会の担い手を育成するための教育を推進する。
3. 教員研修の強化:
教師自身が価値観を批判的に検討するスキルを習得する。
4. 教科書の見直し:
多様性を重視し、偏りのない教材を採用する。
道徳教育の質的向上により、児童・生徒が多様性を受け入れ、共生社会を構築する基盤を築くことが期待されます。
いかがだったでしょうか。
いまでこそ、考え、議論する道徳が謳われていますが、実際の現場の道徳教育は、果たして、先述したような問題をはらむことなく、展開されているのかどうかは、まだまだ疑問の余地があります。
これまでの心理主義化された価値観を、刷り込まれてきた教師が指導するわけですし、先述したように、無意識のうちに刷り込まれた価値は、大人になってなかなか変えることができないということも問題になっています。
改めて、道徳教育の意義や方向性を、教師一人一人が考えていかないといけませんし、スクラップ&ビルドで再構築していく必要性がありますね。
ではまた!
レトリカ教採学院
学院長
川上貴裕