【学校での保護者との法律トラブルをわかりやすく解説】by 川上貴裕(事例:指導中の接触と体罰の誤解)
レトリカ教採学院、学院長の川上です。
学校現場で、しばしば、起こる誤解は、教師が、軽く児童生徒に手を触れただけで、体罰だと言われることです。
もちろん、指導の過程で、軽く児童生徒に手を触れることは、体罰には該当しませんが、子供が恐怖を感じたなどと言って、体罰だと誤解されることがあります。
こういった事例について、分析してみましょう。
シナリオ7.
指導中の接触と体罰の誤解
小学3年生のGは、授業中に落ち着きがなく、席を立って教室内を歩き回ることが頻繁にありました。担任は何度も注意しましたが、Gが言うことを聞かなかったため、肩に手を置き、「席に戻りなさい」と促しました。
しかし、Gは「先生に強く押された」と言い出し、保護者に「先生に触られた」と話しました。これを聞いた保護者は「教師が児童に手を出すのは体罰ではないか」と学校に抗議しました。
学校側は「暴力ではなく、あくまで注意を促すための行為」と説明しましたが、保護者は「たとえ軽くても、子供にとっては威圧的に感じることがある」として、指導方法の改善を求めました。
さらに、他の保護者からも「教師の身体的接触が問題視されるのは当然だ」「指導の際に物理的な接触をしないルールを明確にするべき」との意見が出され、学校の対応が問われる事態となっています。
【指導中の接触と体罰の誤解に関する法的分析】
1.問題の概要
本件は、小学3年生のGが授業中に歩き回り、担任がGの肩に手を置いて「席に戻りなさい」と促したところ、Gが「先生に強く押された」と訴え、保護者が「体罰ではないか」と学校に抗議した事例です。
学校側は「注意を促すための行為であり、暴力ではない」と説明しましたが、保護者は「軽い接触でも子供が威圧的に感じることがある」と主張し、指導方法の改善を求めました。
さらに、他の保護者からも「教師は可能な限り生徒に触れない指導を徹底するべきだ」との意見が上がり、学校全体で指導方針が議論される事態となっています。
この事案について、「体罰」と「適切な身体的接触」の境界および「接触を伴わない指導の原則」について法的観点から分析します。
2.体罰の該当性とその判断基準
(1)体罰の法的定義
学校教育法第11条は、校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは懲戒を加えることができるが、体罰を加えることはできないと規定しています。
文部科学省の「体罰の禁止に関する指針」では、体罰は以下の2つに区分されています:
身体に対する侵害(例:殴る、蹴る、平手打ち)
肉体的苦痛を伴う行為(例:長時間の直立や正座の強制)
担任教師がGの肩に手を置いた行為は、直接的な身体的苦痛を伴うものではなく、体罰には該当しない可能性が高いと考えられます。
(2)「可能な限り接触を避ける」視点と本件の位置付け
体罰には該当しなくても、不適切な指導と評価されるかは以下の観点から判断されます:
指導の目的の正当性
・Gの授業中の歩き回りは授業の秩序を乱す行為であり、これを制止するために指導を行うことは教育目的として正当です。
指導手段の適切性と接触回避の原則
・「可能な限り生徒の身体に触れない」ことは誤解を防ぐための望ましい指導原則ですが、本件のような状況では、Gを制止するために肩に軽く触れる行為は、教育的配慮を欠いたものとは言えません。
・重要なのは、「生徒への身体的接触は、緊急性または教育的必要性がある場合に限り、かつ最小限度にとどめる」という原則を徹底することです。
児童の受けた影響と主観
・Gが「強く押された」と感じたことは、主観的な印象に基づくものであり、教師の行動が懲罰や威圧を目的としたものでなかったことを十分に説明する必要があります。
以上を踏まえると、本件は教育目的に基づいた最小限の接触であり、不適切な指導とは言えない可能性が高いと考えられます。
3.教師の指導権限とその限界
(1)教師の指導権限
教師は、児童の学習環境を維持し、秩序を保つために必要な範囲で指導を行う権限を有します。
これは、法令等に基づくものであり、児童の問題行動を制止することは教育活動の一環です。
しかし、その権限は無制限ではなく、「児童生徒への身体的接触は、緊急性または教育的必要性がある場合に限り最小限にとどめる」という原則のもとで行使されるべきです。
(2)接触を伴う指導の判断基準
接触を伴う指導が許されるかは、以下の要素で判断されます:
教育目的の合理性
・Gの授業態度を改善し、学級全体の秩序を保つための行為であり、目的は教育的に正当です。
接触の緊急性と最小限度
・「席に戻りなさい」と口頭で注意しつつ、肩に手を置く行為は、声掛けのみでは制止が難しい状況における最小限の措置と評価されます。
接触を避ける努力の有無
・教師はまず口頭で注意し、それでも従わない場合に限り、接触したことが重要です。
最初から接触を伴う指導を行った場合は、不適切な指導と判断される可能性があります。
4.学校の管理責任
(1)安全配慮義務と教育相談義務
法令等の趣旨により、学校は生徒の心身を守る安全配慮義務を負っています。
本件では、Gが担任の接触に恐怖を感じたと訴えていることから、学校は状況を丁寧に調査し、接触の経緯と正当性を保護者に説明する責任があります。
Gおよび保護者からの訴えに対し、教育相談を通じた丁寧な対応が求められます。
(2)保護者の抗議に対する対応の問題点
学校が「暴力ではなく注意を促す行為」と説明するだけでは、保護者の不安を解消することはできません。
特に、他の保護者からも「接触を伴わない指導ルールの明確化」を求める声が上がっている以上、「原則として接触を避ける」ガイドラインを策定し、対応方針を可視化することが必要です。
5.今後の対応と再発防止策
本件を踏まえ、以下の対応策が求められます:
接触を伴う指導の原則とガイドラインの明確化
「原則として生徒に触れず、必要な場合は最小限の接触にとどめる」ことを基本方針とするガイドラインを作成し、教職員と保護者に共有します。
教員研修の実施
「接触を伴う指導の基準」および「言葉による指導の徹底」について、全教員に定期的な研修を実施します。
特に、緊急性や教育的必要性を判断する際の具体例を提示し、指導の透明性を高めます。
教育相談体制の強化
児童が指導について不安を感じた際に、気軽に相談できる体制を整備し、教職員と児童の信頼関係を構築します。
保護者との対話の促進
保護者説明会を通じて、ガイドラインの趣旨と接触の必要性が生じうる状況を丁寧に説明し、学校と保護者が共通認識を持つ機会を設けます。
まとめ
本件は、「教育目的の接触」と「接触回避の原則」のバランスが問われる事例です。
本件の接触は教育目的に基づいた最小限の行為であり、体罰や不適切な指導には該当しない可能性が高いです。
ただし、学校は「可能な限り生徒に触れない」ことを原則としつつ、「必要な場合は最小限の接触は許される」ことを明確にすることで、誤解や不安を未然に防ぐ必要があります。
教師の指導権限を尊重しつつ、児童・保護者が安心できる指導環境を整えるため、ガイドライン策定、教員研修、教育相談体制の強化を進めることが求められます。
ではまた!
レトリカ教採学院
学院長
川上貴裕