アンドリッチの新訳を発見!『宰相の象の物語』
ボスニア・ヘルツェゴヴィナの作家アンドリッチの新訳を発見! 表題作『宰相の象の物語』は政治的でメタファーが単調なので魅力がよく分からなかったが、他の収録作品『絨毯』、『アニカの時代』は人情味があって好きな作品だった。
『絨毯』は生家の立ち退きを要求されたカータ婆さんが市に対する申立てに行く際に自らの祖母アンジャの思い出話を懐古するという短編。短編なので詳細は書かないが、アンジャ婆さんの心意気や昔気質の正義感に心打たれる。
『アニカの時代』ではパン屋の娘アニカが主人公だ。少女となったアニカは家畜商ミハイロとの逢瀬を始めるのだが、ミハイロは殺人事件から逃れるために逃亡してきた人間でだった。ミハイロは過去のトラウマを思い出し、少しずつアニカから距離を置き始めるだが、彼女には彼の内面の変化が分からない。この別れを契機にアニカは大きく道を踏み外し、転落していく。
アンドリッチは2人の内面の変化を人々の哄笑や悪意が渦巻くボスニアという土地を背景に描いており、その目は時に無表情で残酷だ。一度転落を始めた人間に対する容赦はない。けれどもその無表情な描写の中には一縷の温かみが流れており、そこには彼なりの家族観、人間観、理想の女性像といったものが投影されているように感じる。
添付写真は2015年3月に筆者撮影 (ボスニア・ヘルツェゴヴィナ連邦ヴィシェグラード) 記事中の『アニカの時代』の舞台にもなった田舎町(カサバ)
〈作品情報〉
作品名:『宰相の象の物語』
著者:イヴォ・アンドリッチ
訳者:栗原成郎
出版社:松籟社
出版年:2018年