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自分の小説世界を広げるために アイルランド、英国篇

いつものシリーズ記事です。
日本だけでなくて、海外の作品も読んで自分の肥やしにしましょうという主旨です。

アイルランドは英国の植民地だった時代が長いということと、独立したのが20世紀ということもあり、暗めの小説が多いと思います。生硬で素朴な文体で控えめな人々の素朴な生活を描いて、心の中は動いている印象です。

「湖畔」ジョン マクガハンさん。
離れた湖畔で静かに暮らす移住してきた夫婦。誰の悪口も言わず、親切に付き合う。常に村人同士が監視して、干渉しあうムラ。女房をとっかえひっかえする男、外から来た人とは顔を合わせない男、救貧院から奴隷のように売られてきた男、酒場に行ってもみんな知り合い、噂はすぐ広まる、何の変化もない日常に鬱屈して、話題に飛びつく男たち、女同士のネットワークももちろんある。貧乏でも一級の酒を出して歓迎する反面、どんなものでもせびりとろうとする人間たち。自分からはなにをしてくれとは口に出せず、相手から切り出すのを待つ。学がなく、手紙の代筆や銀行に付き添ってもらい、プライドは高く、助け合いは当たり前なので礼も言わない。そうした日常を淡々と積み上げていく筆致。


「海に帰る日」The Sea ジョン・バンヴィルさん
2005年ブッカー賞。航空会社から文藝誌記者へ、そして作家になった人だそうです。
この作品は心象風景描写がずっと続く。アイルランドのリゾートに50年ぶりに戻った美術史家の男が、人生を辿り直してみる。海から運ばれる潮の香りが漂っていた。昔の思い出 浜辺で出会った少女クロエ、双子のマイルスは口を聞かないのか聞けないのか。自分の両親はいつも喧嘩し父親はある日ふいと英国へ行ってしまった。母と二人暮らしの下宿に、ある時見知らぬ女から手紙が。哀しいお知らせ。
昔からなんでもないことを妙にこそこそしたのは、少しでも干渉されたり反対されたりするのを防ぐため。これは上村にはよくわかります。過干渉の人に対しては、情報を与えないのが有効なのです。
50年前は友人以上だったに違いない男に写真の現像を頼みに行く。妻の病気のことは言っていない。「アニーは元気かい」この呼び方をするのはこの男だけだ。どこに行っても気を遣われシーっという声と静寂に取り巻かれ、こちらも厳粛な物思わしい沈黙を守らざるをえなくなる。バンの訪問によってこの家の微妙なバランスが崩れる。上層階級に近づき自分を引っ張り上げたい、趣味人になるために足りないのは金だけだった。自分自身になれ。好きなものになれ。まわりの思っている人間像からの解放だ。

「青い野を歩く」 クレア キーガンさん
短編集。「 別れの贈り物」。父と寝る役目だった娘は、家を出てNYへ。兄「どうもできなかったんだ、いつも見張っているわけにもいかないし」 
表題作の「青い野を歩く」。主人公は神父さんで、婚約を考えた娘は、別の男ジャクソンと結婚し、その式を自分が執り行う。いつものように川まで歩く。神父をやめられないのなら、もう会えない。
「森番の娘」。とても面白い。話がうまいなと思いました。教区中の人がいるなかで、隠してきた夫婦のことを暴露する話です。

「マリアが語り遺したことthe testament ob Mary」コルム・トビーンさん
元は一人芝居の戯曲を小説にしたそうで、ナザレのイエスさんの母としてのモノローグです。困った息子と、ほら話でいらだたせる弟子。
今マリアのもとに二人の男が通って、話を聞きたがる。自分たちが見聞きしていないことを作り話にして本を書いている。息子は尊大でわたしを「わたしとどういう関係があります?わたしは神の子だ」。連れ帰ろうとしても聞く耳持たず、婚礼の場で水をワインに変える。十字架を背負い歩く。恐怖で私は見ているだけ。

アイルランドと言えば、劇作家は「ゴドーを待ちながら」のサミュエル・ベケットが有名ですね。戯曲も舞台も上村は面白いとは思いませんでした。ジェイムズ・ジョイスは有名ですが、読んでいません。「ダブリナーズ」はエズラ・パウンドの後押しで出版したそうです。「ユリシーズ」はオデュッセウスのことですが、シェイクスピア&カンパニー書店のシルヴィア・ビーチが出版したことで、お客さんが殺到したそうです。「フィネガンズウェイクⅠⅡⅢⅣ」装丁は綺麗ですね。話題になるが誰も読まない本と言われていて、エズラ・パウンドは「性病が治るなら読むかもしれない」と言っているし、ジョイスの弟スタニスラフは「理解しがたい夜の本」と言ったそうです。ダブリン郊外の居酒屋が舞台の喜劇のようです。


英国はバラエティ豊かで、いろんなジャンルの小説が支持されています。この記事では、出身地別に書いているので、亡命してきた作家(第一世代)は書いていませんが、英国が植民地にしていた地域からやってきた人の子孫に関しては、英国の小説家として書きます。

内容の紹介はしませんが、1945年以前の古典ではミルトンの「失楽園」、シェイクスピアの「十二夜」「ウィンザーの陽気な女房たち」、シャーロット・ブロンテの「ジェーン・エア」、エミリー・ブロンテの「嵐が丘」、トマス・ハーディの「ダーバヴィル家のテス」、チャールズ・ディケンズの「大いなる遺産」は面白かった。

1932年刊行ですが、「すばらしい新世界」オルダス・ハックスリ―さんのSF小説が面白いと思いました。ディストピアです。人工授精の段階で階級、職業、嗜好、知能、動機付けが行われて、社会の為の人間として生まれます。怖いですね。
稀に自我のある男は、女と共に、野蛮人地区を訪問します。そこで老化や宗教を目にしたり、自然分娩の人と会ったりするんです。カルチャーショックを受けますね。初めて病人を見たときのゴータマシッダールタを思い出しました。
この本は、政治経済の自由と性生活の自由は反比例するという価値観で書かれています。日本の江戸は違うんですけどね。SFですが、ストーリーより教訓を重視、科学と社会進歩に懐疑を持っている作家です。

「動物農場」ジョージ・オーウェルさん
スターリン主義の支配を風刺した小説です。人間を追い出したはいいものの、動物たちだけで楽しくやろうというのに、豚が独裁者になっていくという話です。面白く読めました。
他にジョージ・オーウェルさんの 「1984年」も有名なディストピア作品です。ビッグブラザーの支配する監視社会で、反体制に目覚める男女なんですけど、なかなかに体制が手ごわいんですよね。

「王女マメーリア」ロアルド・ダールさん
珠玉の短編集とはこの作品のことです。収められている短編は、ほとんどすべて面白く読めました。
他に「飛行士たちの話」(短編集)、自伝的エッセイの「少年」「単独飛行」なども好きです。「単独飛行」は、大戦中にパイロットをしていたので、その時の話です。陰惨ではありません。「チョコレート工場の秘密」は映画で観たんですけど、本では読んでいません。

「ウォーターランド」グレアム・スウィフトさん
水門のある湿地で生きる親子の暗澹たる空気が漂っている小説です。沈んでいるときに、同調しそうな物語です。

「マゴット」A Magot 奇想、蛆虫という意味です。ジョン ファウルズさん。
18世紀の英国の森で行方不明になった貴公子バーソロミューの一行の旅を描く前半、後半は、口の聞けない従者の自害から事件になり、アスカーの探索行、尋問が主です。一行の一人ジョーンズの証言から黒魔術かと思うのですが、ファニーの証言は新興宗教のせいではないかと思わせます。異教を主題にした物語と言えるでしょう。

「極北」 マーセル・セローさん
ポール・セローさんの子のマーセル・セローさんの小説で、村上春樹さんの日本語訳です。温暖化で飢餓に陥り、都市を捨てた人類。シベリアで暮らす女は、生まれ育った街に一人でいる。ある日、迷い込んできた女と子が死んだことで、希望がないと自殺を試みる。そこで飛行機という文明の利器を目の当たりにし、旅に出る。その先の集落で人を見たら危険と思えの経験則に反して、情を示したために処刑寸前、奴隷となる。別の町にやられて、労働をし、看守に取り立てられると、放射能汚染された廃墟の都市へ。
極限状態の自然と、緊張のある人間関係でも、人はほんの少しの情愛を持って、親切にしあうものだし、それに温かみを感じたり、植物の育つ様子に癒されて、衛生的な衣服や住まいで満足すべきと言うメッセージが見えます。

「わたしを離さないで」 カズオ イシグロさん
日本の長崎生まれで、5歳で英国へ行って、国籍取得。記憶や、親から聞いた話、読んだ本から得た「自分の日本という世界」を守るために小説を書き始めたそうです。出生地は日本なんですけど、文学的には英国なので、英国文学の作家として書きます。
この作品はある意味でディストピアの設定です。少年少女が暮らす「学校」では、いろいろなことが奨励されて、それなりに恋愛もするし、自由もあったりするんです。けど、この人たちの人生は生まれたときから決められているということが徐々にわかってくるんです。それに対して、どう抗うか、それとも社会に貢献することで存在意義を認めさせるのかということですね。人間って存在しているだけでいいんだよ、と言われることで、自尊感情が上がると言われていますが、集団の中で生きるということは、実際はそうでもないんですよね。
「日の名残り」は、執事が主人公の、ノスタルジックで、味わい深い作品でした。

「夜想曲集」は、短編集です。
「老歌手」は、男が自分は「落ち目だ。彼女はまだ私というぼろ船から抜け出せるくらい美しい。愛してるから出てほしい」と言って、最後に歌を贈りたいと言う切ない物語。「モールバンヒルズ」は、青年が、ロンドンから戻ったあの夏、僕は世界にこんな美しいところがあったのかと心を打たれた。自分がこの土地の人間であり、ここが故郷だと実感した。ここがいいですね。大事な人にギターをやめて欲しいと言われて、怒るのもわかります。「チェリスト」が一番面白い小説で、ハンガリー出身のティボールはアドリア海の街の広場で声を掛けられる、「可能性がある」と女は言う。教わると新しい地平が開ける。こんなにうまく弾けたことはない。けど、ある疑念が生まれるんです。
「忘れられた巨人」も話題作ですね。洞窟を住居にしている村が舞台です。ついさっきの記憶も薄れてしまう。顔も思い出せし、名前も出てこないが、息子に会いに旅に出ようという話がある。アーサー王の甥と言われる老いぼれた騎士と出会う。彼は「竜を倒すのは私の仕事である。竜が霧を吐いて記憶を薄れさせている」と言う。ミステリーなのか、アドヴェンチャーなのかとも思うんですけど、ラストはラブストーリーなのです。
全体のテーマとしては、歴史=集団の記憶は勝者だけが作るものではないということ。歴史は忘却されるが事実は記録するべし、そうしてそこから教訓を得るべし、再び剣を取ることがないように、人間は愚かだからこうしたときにこういう行動をとったことがあると知っていることは戒めになるんです。被害者は記憶さえなければPTSDにもならないかもしれない。加害者は記憶がなければ罰せられない。仏教は記憶がなくても前世の報いで今があると考える。けれど、作者が言いたいのは、加害者も被害者も共に記憶することが大事ということだと思います。

「世界が終わるわけではなく」 ケイト アトキンソンさん
連作短編集です。「大いなる無駄」父は金持ちの元パイロットで、母に連れられ会いに行くんですけど、「父さん」と呼びかけると殴られた。成人して子が生まれ、名付けた日に新聞をみると訃報欄に父の死が。「予期せぬ旅」は子守のプロが主人公で、父は会ったことないがロックスターだそう。ツアーに合わせて初めて会いに行くけれど、宿泊先にいない、連絡がつかない。作者は父不在をテーマにしているんでしょうかね。

英文学では、イアン マキューアンさんの「アムステルダム」、ニール ゲイマンさんの「アナンシの血脈」は評価が高いんですけど、「アムステルダム」はまったくわからないし、「アナンシの血脈」は、上村にはすごく面白いとは思えませんでした。


読んでみたいのは
ショーン オフェイロンさんの「若者の住めない国」(4世代の物語)
ウッドハウスさんの「ジーヴスの事件簿シリーズ」

他の地域の紹介本も、気になったら読んでみてくださいね。


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