原稿

僕が僕であるためにと歌った人がいた
僕にはその僕がいない
不確かな感情と埃を被った性善説
自我と呼ぶには甚だ不便
みんなが笑ってるから笑う
みんながしらけてるからマントを被る
芸術大学の卒論は何でもいいから自分の思うままの
作品をひとつ製作すると聞いて慄いた
僕にはとても無理な事
それに比べて勉強は楽だ
与えられた謎を解けばいいだけ
成績はトップを狙えたけど
目立つのが嫌でわざと間違えたりしてた
もし賛辞をくれる人の輪の中心になど入れられても
僕には語るべきことなど何一つ持ってはいないのだから
原稿のあるスピーチだけで生きて行けないかな
高校の英語のそれでうっかりそれで1位を取ってしまった
あの恐怖は忘れられない
どっと押し寄せる人波
みんなが笑っていたから仕方なく僕も笑った
動悸が激しかった
二度とあんな目には遭わないように生きると決意した
今も僕は僕のいない僕を生きている
このまま歳を重ねても
見つからないものは永遠に
見つからないだろう
だってこれは責任放棄なのだから
自分なんてものを携えて生きる葛藤から
僕は逃げているだけなのだから
原稿は一生分書いた
ありとあらゆる局面に対応できるように
恐れるものは何もない
たった一つ怖い事があるとすれば
それは恋に堕ちてしまうことだ
みんなわけもわからずもがいてるところを見ると
とても原稿じゃ太刀打ちできそうにないからな

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