神の遣い
猫がペロペロをやめない
癒してくれてるのね
誰の手の届かないけれど
あなたの舌なら届くかもしれないわ
この心の奥底をえぐられたおぞましい傷に
もう二度と飼うことはないと思ってたのよ
愛し抜いたあの子を亡くして
とても立ち直れなかった
5年間泣き続けたわ
ある日窓の外でにゃあと鳴く声が聞こえた
あの子が戻って来てくれたのかと思った
震える手で窓を開けると
そこには少し首を傾げた愛らしいあなたがいたわ
おなかが空いているのと尋ねると
またにゃあと答えたから
夕食のお刺身を少しあげた
そんなに急いで食べなくても誰も盗らないわよ
そう独り言ちて少し笑った
きれいに完食すると
あなたはゆっくりと去って行った
これきりだと思ってた
もう会うことはないと
でもあなたは度々うちを訪れるようになった
その時の為におやつも常備した
野良ちゃんにしてはずいぶん人懐っこいわね
ゴロゴロのどを鳴らしながら私の手にすり寄って来る
あなたの滞在時間はだんだん長くなっていった
おやつを食べ終わってもじっとこちらを見つめたまま動かなかったり
全身を撫でてあげるまで傍を離れなかった
あのね少し私の話を聞いてくれる
いつものように長居するあなたになら打ち明けられると思った
私の恋人は死んでしまったの
自分はちっとも悪くない事故だったわ
全身が激しく損傷していたから
最期にお棺の中のあの人の顔も見られなかった
お別れも言えなかったの
精神を病んでしまった私を
あの子がずっと慰めてくれたけど
ある朝冷たくなってたわ
私ひとりぼっちになってしまったの
私はひとりぼっちなのよ
あなたはずっと聞き入るように私の話を聞いてくれたわね
そしてぴょこんと私の膝に乗ってきたの
この重み
なんて久しぶり
猫の柔らかさそして温かさ
気が付くと空からはらはらと粉雪が舞い降りて来た
どうりで寒いはずね
私を見上げるあなたの瞳が美しいグリーンだと初めて知った
今夜うちに泊まって行ったら
にゃあと元気よく返事をされてまた少し笑った
その夜からあなたはずっと私の傍にいる
失ったあの子の代わりでもなく
逝ってしまった彼の身代わりでもなく
私はあなたを愛してる
まだペロペロするの
私美味しいのかしら
おやつの時間はまだよ
それまでずっとこうしていましょう
猫の重み
その柔らかさと温かさ
あなたは神様の遣いなのね
壊れかけた私を補修しにやって来てくれたのね
ゴロゴロのどを鳴らして膝から一向に下りようとしない
ねえこの瞬間だけでも私がどれだけ癒されているか
あなたにはわかっているのかしら
あなたにはわかっているのかしら
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