茶色い愛

幼い頃のトラウマの夢をみて
あまりの恐ろしさに目が醒めるなり
声を上げて泣きじゃくってしまった
コンコンとノックの音がして
どうしたのと母が心配そうな顔を覗かせる
嗚咽としゃくりあげているせいで
何を説明しているのか
ほとんどわからなかったと思う
でも母は怖かったね、嫌だったね、可哀想に
でももうここに怖いものはいないのよ
ここはもう安全なのよと
何度も何度も繰り返し頭を撫でてくれた
それでも蝋人形のように固まった表情の私を見て
今日は何にもしなくていいのよ
ずっと寝ていたってかまわないわ
私はちょっと買い物に行ってくるけど
その間に怖いものがここに入って来るなんてことは
絶対にないからね
そう言って固まった私の背中を優しくさすって出て行った
泣き疲れたのか私は再び眠りに落ちて行った
本当に今度は怖いものは何一つ出てこなかった
いつまで寝ていたんだろう
気づくと外はもう暗かった
よろめく足でリビングに向かうと
ダイニングテーブルの上には
男子校柔道部主将でも食べきれないほどの
お惣菜と見慣れた癖のある字でよかったらそうぞ
と書かれたメモがあった
こんなに食べたら太っちゃうよ
ていうか食べきれるわけないじゃん
その山盛りのお惣菜の中に
料理下手な母の手料理は一つもなく
ただただ呆れるほどの揚げ物のオンパレード
隅から隅まで茶色、茶色、こっちもあっちも茶色
これでもかというほどの茶色の応酬
気づくと私はその茶色の山から手づかみで
から揚げを貪っていた
こんなに茶色いものばっかり買ってきてバカじゃないの
でも目からは起きた時とは全く別の種類の
涙が溢れていた
愛されてる
嫌と言うほど痛感していた
この茶色の山は一つ残らず母から私への愛情なのだ
おなかがいっぱいになっても食べ続けた
残すことなんて考えられなかった
だって私は愛されていて
これはその愛が茶色く化けた魔法なのだから
柔道部主将でも完食は難しいであろう揚げ物の山を
私は一つ残らずたいらげた
するとまた眠気が襲ってきた
どうにか後片付けだけ済ませてベッドに潜り込むと
夢も見ない深い眠りに落ちて行った
翌朝目が醒めると
胃もたれなんか微塵もなく
清々しい気分でいっぱいになっていた
カーテンを開けると朝日が私の部屋に飛び込んできた
空が祝福されたように青かった

いいなと思ったら応援しよう!