ガーベラ

いつ切迫流産の危険があるかもしれない姉のそばへ
毎日のように見舞いに行った
姉のおなかに手を当てて
この世は残酷なんだよ
出できたっていいことなんか一つもないよ
だからまだこっちに来てはダメよと
説き伏せる私を
姉は笑いながら見ていた
見舞いに鉢植えは禁物だというけれど
あえてガーベラの鉢を買って行った
姉はガーベラが好きだった
そう姉はガーベラが好きだった
今でも花屋に行くと立ち止まってしまう
姉はガーベラが好きだった
私の説得と鉢植えの効果も虚しく
姉は650グラムの赤子を出産した
ペットボトル一本分の命
くそ痛かったよと笑ってたけど
笑いごとじゃないのは本人が一番よくわかってただろう
今にも潰えそうなか細いいきものは
それでも長い入院生活を経て
無事退院した
体中にチューブをつながれながら
もちろんのこと重い障害が残った
ただでさえ過酷な育児は困難を極めた
上の子は幼いながらも聡明で
声もろくに出せない弟をとても可愛がった
少しでも助けと気晴らしになるかと
姉の家にしょっちゅう通った
上の子と仲のいい私がいるだけで
姉は少しは張り詰めた糸を緩めることができていただろうか
酒飲みの私のところへ
上の子が冷蔵庫を開けて缶ビールを持ってきてくれる
それを見て笑ってる姉を見ると
楽しくて悲しかった
どこか空気のいいところでのんびり育てるつもりなの
別れというものはどうしていつも唐突なのだろうか
ねえお姉ちゃん
たぶんそこにガーベラは咲いてないよ
あなたの好きな花はきっとどこを探してもないよ
小さい頃から一度もケンカをしたことがない姉
大好きでいつも追いかけまわして慕っていた姉
お母さんになっちゃったんだもんね
世界で一番大切なのは我が子
ガーベラの鉢植えを餞別に贈ろうかと思ってやめた
これが枯れる頃私のことも忘れてしまうんじゃないかって
怖くて寂しくて切なかったから
空港までは見送りに行けなかった
陳腐な涙を流す自分なんて考えただけでおぞましかった
花屋には色とりどりのガーベラ
姉はガーベラが好きだった
もうそんなこと彼女は忘れてしまったかもしれない
でも私は忘れない
いつまでも覚えてる
もう一生会うことがないのだとしても
私の知っている私の大好きな姉はいつまでもガーベラが好きだ

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