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「こ、この女はオタクでちゅ!!」庵野秀明・安野モヨコ夫妻の話。
人と人とが仲良くやっていくためには、「知識・興味・熱量」の方向や強さが、だいたい釣り合っていなければならない。
どれかが食い違っていたり、レベルが違っていたりすると、互いにストレスや不満を感じてしまう。
特に夫婦関係においては、それが顕著だ。
この「知識・興味・熱量」の問題について考えるとき、私はいつも、庵野秀明・安野モヨコ夫妻が頭に浮かぶ。
2021年に放送されて話題になった『プロフェッショナル 仕事の流儀』を見てもわかるとおり、庵野監督はとんでもない才能の持ち主であり、とんでもなく「難儀な」人物でもある。
そのとんでもない人物の奥方が、あのオシャレでエネルギッシュな女性漫画を描く安野モヨコである。
安野モヨコのエッセイ漫画『監督不行届』には、「ロンパース(安野)」と「カントクくん(庵野)」の、愉快で奇妙な結婚生活が描かれている。
それを読むと、この「Wアンノ夫妻」の場合、「知識・興味・熱量」の三拍子が、同じくらい高いレベルで釣り合っているのだということがわかる。
あくまでもフィクション作品とのことで、どの程度実際の日常を反映しているかはわからないが、『監督不行届』に描かれた2人のやりとりは、いちいち密度が濃い。
何気ない会話にも漫画やアニメの一節が引用され、絶えずアニソンや特撮ソングを口ずさむ。
そうせずには居られないという感じで、カルチャーへの知識や愛情が、日常の全てに漏れ出ているのだ。
並の人間にはとても付いていけない程に。
私は、初めて読んだ安野作品が、美容エッセイである『美人画報』シリーズであったから、安野モヨコには「愉快で美意識が高くて、バリバリ仕事するパワフルな女性」という印象を持っていた。
その延長上で、きっと安野先生は「日本と海外を行き来する、オシャレな職業のインテリ男性」とか、「謎にお金持ちでムダにカッコいい年下男性」とかと結婚して、年齢を重ねても恋人のような夫婦関係を築いていくのだろうな~、などと予想していたのであるが、まったく違った。
まさかあの『エヴァンゲリオン』の監督を伴侶とするなんて。
しかし、『監督不行届』やインタビュー記事など読む限り、お二人はベストパートナーで、なるべくして夫婦になったのだなぁと感じられる。
クリエイターとして成功している2人であるし、単純に地位が釣り合っている=理解し合えるという側面もあるかもしれない。
しかし、どんなに才能がある男性だからと言って、あれだけ極端な偏食でしかも風呂嫌いの人と暮らしたり、仮面ライダーの変身ポーズの再現に一晩中付き合ったりするなど、普通の女性には出来ない。
「相性がいい」とか「ウマが合う」という以上に、もっとシンプルに、2人の根底には「同じエネルギーが流れている」のだろうなと思う。
これは理屈でなく、そうなのだ、としか言いようがない。
結婚とは、一言で言えば、「それまでになかった世界を2人で作ること」に尽きると思う。
家庭という新たな世界を共にビルドしていく創作行為であり、相手との関わりによって、それまで知らなかった自分との出会いを果たすという発見の行為でもある。
ロンパース(安野)もまた、「日本のオタク四天王」のひとりに数えられるカントク君(庵野)との生活によって、自らの内なるオタク性を開花させていく。
「新しい自分の発見」とは、全く新しいものを見つけることでなく、自分の中に元々あった素質に気づいていくことなのだ。
ロンパースには、ガッツと素直さという強力な武器がある。
持ち前のガッツで、ガンダムを一日で全話制覇するなどの「お妃教育」を乗り切り、今までの人生で培った理想(非オタクと付き合うことで自らのオタク性を中和したい、という考え)を捨て、より深いオタク道に染まりに行くという素直さを見せたロンパースは、無二の幸せを手に入れるのである。
そんなロンパースに対し、カントク君は、自らもアニメ化に携わった『おるちゅばんエビちゅ』の口調を用いて「こ、この女おたくでちゅ!」と言い放っている。
これはカントク君の、最大級の賛辞と愛情表現と見ていいだろう。
(余談だが、個人的に『エビちゅ』の作者・伊藤理佐と『伝染るんです。』の吉田戦車が夫婦であるという事実もなんだか嬉しい。2人がそれぞれ描いている家庭漫画を、ホクホクした気持ちで読んでいる。)
ところで、『監督不行届』を初めて読んだとき、当時10代の私の目には、「Wアンノ夫妻」は「酸いも甘いも噛み分けた大人のカップル」のように映っていた。
2人ともすでに多数の実績を積んでいるクリエイターだし、なんとなく「人生の後半期を共に楽しく過ごす、同志のような夫婦」というイメージを持っていた。
しかし、この前久しぶりに読み返してみたら、第一話の1ページ目から面食らった。
「この子の名前はロンパース。30歳のまんが家です」とあったのである。
「若い・・・!」と衝撃を受けた。初めて読んだ時に「わ~、大人なカップル」と思っていた2人は、31歳と42歳という、特別熟年でもない年齢で結婚した夫婦なのであった。
おそらく、初めてこの本を読んだ当時の私には、恋愛の延長のような結婚生活こそが理想と考えていたから、この夫妻のような「敬意を含んだ愛情」というのが、あまりに老成した境地のように感じられて、いまいちピンと来ていなかったのだろう。
しかし、今になって思う。これは紛れもなく、愛情溢れる夫婦関係である。
2人は互いに深く理解し合って、尊敬し合っている。
彼らの場合、オタクワードの投げ合いや知識の応酬が、一般のカップルの「イチャコラ」に相当するのだろうと思う。
夫婦に限らず、他者とこんな関係を築けるのって本当に羨ましい。
素敵な出会いがあったのも、2人が誠実にそれまでの人生を歩んで来た結果なのだろう。
人生に一人でもそういう相手がいたら、幸せだろうなぁ。そう思わずにはいられない。ハフーン。
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