みかん転がしで東大寺南大門金剛力士像と化した父方の祖母

小学生の頃、父方の祖母の家へ行った思い出の話。

場所は愛媛県の伯方島。

「は・か・た・の・塩！」というCMで、平成にプチバズリしたこともある島だ。

婆ちゃんの人物像を一言で表すと「くりそつキタサン」。北島三郎さんと顔が一緒なのだ。

”（北島三郎さん＋婆ちゃん）×高さ÷2=＂と、台形の面積の公式にあてはめてみても、あいかわらず一緒の顔をしている。

コンディションによってはサブちゃんを追い越す日もあったと記憶している。

そんな婆ちゃんは何をしても怒らない温厚な人だった。

あの事件が起こるまでは…。

婆ちゃんの家の裏には、みかんの木があった。
ちなみに、その木は婆ちゃんの所有物ではなく隣人のもの。

ここからオトンの奇行が始まる。
木へ向かって歩を進め、おもむろに果実をもぎとったのだ。

（やってもうてるやん…）

横にいた姉がそんな表情を浮かべていた。

オトンの奇行はとどまるところを知らず。もぎとったみかんをいただくのではなく、ボーリングよろしくコロコロ転がし始めたのだ。

婆ちゃんの家は坂の頂上。

みかんはアクセルを緩めることなく、猛スピードで坂の下の国道までローリングしていった。

小学生時代の僕は未体験の事象ばかり。
事あるごとに感動・興奮・爆笑していた。

「みかんバリ転がっとる！」と叫び、腹を抱えて笑った。
神様ごめんなさい。

ところで、姉はどうだ？
僕より7つも歳上だ。
いつも常識人で大人な姉は、怒る or 呆れるの二択やろうな。

恐る恐る姉を見ると、みかん転がしを生業にする人の眼つきで、MYみかんの品定めをしていた。

アホやん。

考えれば当時の姉は、箸が転んでもおかしい年頃。そんな中で、柑橘系が転がっていようもんなら、そら夢中になるわという話だ。

僕も姉に続いてミカンをもぎ取った。

オトン「誰のみかんが1番オモロく転がるか勝負や」

ずっとアホやん。

「1番速く」と言わないところがオトンのアイデンティティだ。

レーススタート。

みかん達は、各々の姿かたちを活かしたアクションを表現しながら地を這っていった。コテンと途中で止まったり、側溝にハマったり、転がすたびに爆笑する3人。

突如、坂の頂上に4人目が出現した。

婆ちゃんだ。

〈仲間になりたそうにこちらを見ている〉

的なノリかと思った。
だが違った。

出典：東大寺 公式サイト

↑こんな顔でバチギレていた。

何をしても怒らないはずの婆ちゃんの顔が、東大寺南大門金剛力士像と化していたのだ。

トラウマだ。

「戦慄が走る」の例文に載せたいぐらい、恐怖の念が身中を駆けめぐった。後にも先にも婆ちゃんを本気で怒らせたのは、みかん転がしの一件だけだ。

あれから25年以上経つが、みかんを見ると、背後にうっすら東大寺南大門金剛力士像 feat.サブちゃんの形相がチラつく。

甘さと酸味のバランスが絶妙な愛媛みかんにまつわる、苦々しい思い出。

唯一の救いは、隣人が笑って許してくれたところだ。