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どん兵衛のウォーキングフォーム

雑踏に消えていく”どん兵衛”を見つめながら、僕は唇を噛んだ。

交差点。歩行者用信号が青に変わるのを待っていた。交通量の多い道路に面しており、歩行者用は待ち時間が長い。

時間帯は平日の18時過ぎ。たくさんの歩行者がいた。
道路を挟み、対岸にも信号待ちのウォーカーがぞろぞろ。

スーツ姿のおっちゃん。無線イヤホンを装着したスポーティー男子。アジアンテイストな古着系女子。世の中には色んな人がいるなぁと感じる。

中でも僕が目を奪われたのは、1人の中年男性。どん兵衛のおあげさん色に染められたチノパンを召している。

年齢は30代後半〜40代前半ぐらいだろうか。半紙の下に敷くフェルト的なテクスチャーのチェックシャツを、どん兵衛のおあげさんにin。

そして、リュックサックのショルダーベルトを右肩だけにかけ、”余裕感”を演出しながら立っていた。

余裕感を説明するのは困難だ。

僕は、人が集まる場所にいる時、周りの全員に見られている感覚を味わうことがある。実際に見られているわけではない。自意識過剰この上なきこと家なき子だ。しかし、向けられているはずのない視線を勝手に察知してソワソワしてしまう。

だが、焦っている自分の内心を悟られたくない。それを隠すために”ダルいって”的なオーラを醸し出し、片脚に体重を預けて突っ立つ。

立ち姿のみで「オレはこの場の雰囲気に呑まれちゃいねーぜ」「周りの目なんて一切気にならねーぜ」を表現する。

これが余裕感だ。余裕感の発動条件は、余裕がない時。

憶測だが、どん兵衛も余裕感を出そうとしているに違いない。同類の僕には、立ち姿のシルエットで分かる。

車道の信号が、青→黄→赤へと変わる。どん兵衛は、”黄→あ”ぐらいのタイミングで一歩を踏み出した。歩行者用信号は、まだ赤にもかかわらず。

踏み出した一歩目が地面に接地するや否や、歩行者用信号が青に変わってそのまま進む、シームレスなスタートを決める算段だろう。

車道側の信号が赤に変わる。

青が灯る。

しかし、青く光ったのは歩行者信号でなく、車道側の『→』だった。

どん兵衛は、時差式信号機ということを見逃していたのだ。

恥ず。

しかし、一度振り上げた刀を鞘にしまう行為は、彼のプライドが許さなかったのだろう。

否、周りのウォーカー達に「ダサ」って思われるのが恥ずかったのだろう。

依然として赤が灯る歩行者用信号を無視し、進み続けるどん兵衛。言うまでもなく、周りのウォーカー達は止まったまま。

今回ばかりは自意識過剰ではない。正真正銘、全員の視線をどん兵衛が独り占めしていた。

これが現実ではなく、デスゲームが題材の映画なら…。先陣をきって主催者に楯突くどん兵衛。固唾を呑んで見守るのが周りの歩行者だ。

おそらく、普段は信号無視をするような悪い奴ではないのだろう。なぜなら、右足・左足と交互に進める一歩一歩から葛藤が見え隠れしていたからだ。

右「え…」
左「うそやん」
右「待って」
左「やってもうてる」
右「まってまって」
左「はず」
右「もどる系?」
左「今さら無理くない?」
右「このまま行く感じ?」
左「めっちゃ見られてるやん」
右「エグいって」
左「おなかいたいおなかいたい」

混迷を極めながら踏み出す脚からは、ダイナミックな力感が微塵も感じられない。恐る恐る水たまりを歩く、柴犬のようなウォーキングフォームだった。

それでも”焦り”を読み取られないよう、いたってクールな表情を浮かべて進み続けるどん兵衛。

どん兵衛(アヒルの水かき味)が対岸に着く頃、やっと歩行者用の信号が青に変わる。何事もなかったかのように歩き出すウォーカー達。

膝裏に致死量の汗をかいているであろうどん兵衛、雑踏に消えていく。

今回の一件で学んだ3つのこと
①失敗は恥ではない。失敗を認めないことが恥
②大惨事を防ぐには早期にミスを認めるべし
③アジアンテイストな服しか着ない人、アウター寒そう

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