長野でもたくさん食べた。
今年1年間は様々な心情の浮き沈みを経て、かつての慣れ親しんだ生活リズムに戻るためには、どうしても旅行が必要だったので、2020年の年末の旅行は長野に決まった。
長野県といえば、多くの人が思い浮かべるキーワードはスキー。 二人ともスキーの経験はあるが、好きと言うほどではない。もちろん上手と言うわけでもないので、暗黙の了解でスキーは除外した。
そして、クリスマスから新年にかけての1週間の長野旅行が始まった。
△上空からの長野
最初の目的地である松本市に到着したのは10時過ぎ。5時半起床ということもあり、猛烈な空腹感に襲われ、急いでホテルに荷物を置き、食事へ向かった。松本市の街並みは繊細で美しく、建築様式は和洋折衷。透き通った空気は冷たく、少し見渡せば遠くに雪をかぶった日本アルプスが見えた。 明治風な街中で当時の情景を思い出させるようなブランチに巡り合いたいと、近くで一番評価が高い喫茶店を見つけ、一息ついた。
△喫茶店(@珈琲美学アベ)の雰囲気
その店の珈琲の分類は研ぎ澄まされており、種類も豊富で、メニューを見た感じでは悪くない印象であった。 そして、珈琲を一口味わい、その予想が確信へと変わった。私のモカは芳醇なヘーゼルナッツの香りで、苦味と酸味の調和が絶妙であった。 彼のカプチーノはミルクとシナモンが利いた優しい香りで、寒く乾燥した冬の朝に最適な一杯だった。
△カプチーノ
しかし、珈琲の美味しさとは裏腹に、料理は褒める言葉が見当たらなかった。喫茶店が得意とするはずのパフェも化学香料の味で溢れていた。でも、そんな楽観的な融合が、このお店には妙にしっくりきた。何故ならここは、明治の松本だからだ。
翌日、南へ下り諏訪湖へ向かった。湖の側へ車を止め、周りを見渡した。大変失礼ではあるが、二人とも心の中で「大濠公園にも及ばないのではないか・・・。」と感じた。 そんな訳で、丁寧に5分ほど拝観し、早々と食事へ向かった。
信州は昔から蕎麦が有名。ということで、選んだのは街中から少し離れた、評価が高い老舗蕎麦屋。エンジン全開で車を走らせ、開店と同時に入店した。
△@手打ちそば処花辱庵
古風で上品な木造一戸建ての構えは、外観だけでは蕎麦屋か古民家かの区別がつかなかった。冬の陽光に揺れる木陰とともに、洒落た和風の雰囲気を醸し出していた。
△店内の雰囲気
一番有名なのは三色蕎麦だ。彼が頼んだ三色蕎麦は、 3種類とも手打ちで、各有千秋な特徴がある非常に美味しいが、冬は冷たい蕎麦の季節ではないと痛感した。
△三色蕎麦
私の鴨南蛮は、熱々の湯気から漂う鴨の香りが魅力的で、じっくりと煮込まれた上品な出汁を一口飲めば、美味しいと言わずにはいられない。冬は流石に、温かい蕎麦だ。 体が温まり、心が癒され、「嗚呼、蕎麦は本当に日本人のように優しいね。」と思わず口ずさんだ。
△鴨南蛮
軽井沢は松本とは全く違った雰囲気を持ってる。 松本が庶民の明治なら、軽井沢は金持ちの昭和。 建物は三角屋根で洋風なものが多く、教会が至る所にあった。そんな軽井沢の上品で落ち着いた空気に、仄かな古めかしさを感じた。ホテルは森の中の西洋風ヴィラで名前は英語、建物内は綺麗だが年季を感じた。そういうホテルの夕食にフランス料理が出てくるのは当然のことだった。
△レストラン(@ホテルバーモラル軽井沢)の入り口
フランス料理といっても、本格的ではなかった。前菜は一つしか無く、主菜は肉料理だけで、魚が無い。店員が早速にデザートを運んできた時、私達二人は顔を見合わせ呆然とした。こんなに短いフルコースは初めてだ。
△前菜の野菜
料理は並大抵に美味しかった。 前菜の野菜は新鮮で、主菜の牛肉も品質が高く、味付けも過不足なく美味しかった。(だが、ステーキにしては薄すぎだろう、、、)
△メインのステーキ
食事の面白さは別のところにあった。 ワインのグラスで注文すると、ウェイターが残りのワインが入ったボトルをテーブルに置き、「全部飲んでもいいですよ。」とウインク。 もちろん、大喜びで乾杯した。
そして、ウェイターがカリフラワーを使ったスープを誇らしげに紹介してきたので、私と彼は一口飲んで微笑んだ。濃厚なスープではあるが、繊細なカリフラワーの香りは軽薄で、ミルクベースのスープに最適で定番なキノコを差し置いて出る役では無いことを確信した。その自信満々に紹介する姿は、皮肉にも可愛く見えた。
△スープを味わっている私
食事後、ウェイターとの雑談の中で、このホテルが「海底捞」グループに属していることを知った。そして、中国人だと知ったウェイターは興奮を抑えきれない様子で、レストランのコレクションを紹介してくれた。とにかく、特別に美味しい料理ではなかったが、部屋に戻ると二人とも十分な満足感を得られた。
長野旅のデザートと言えば、小布施町だ。 志賀高原に向かう途中に出会った、都会と呼ぶには小さすぎるこの田舎町は、栗のスイーツが名物であった。立ち並ぶ店の入り口には巨大な栗の写真を載せた旗が掲げられていた。
△モンブラン@桜井甘精堂栗の木テラス
入店した老舗スイーツ店では十八番のモンブランを選んだ。主役の栗の引き立て役として選任された脇役のミルクは主張が強すぎず調和が保たれ飽きは一切感じない。仏蘭西菓子の核なるものは、完全に和栗の美学へ変化していた。
一方、栗ロールのクリームも同等な長所を持っているが、生地の味はあまり繊細ではなく、看板より見劣りする。和栗と紅茶を堪能し、至高の領域へ達した身体は店を出ても寒さを全く感じなかった。和栗と紅茶を堪能し、至高の領域へ達した身体は店を出ても寒さを全く感じなかった。
やはり、デザートを一つでも食べれば解決できない問題はない。もしあるなら、二つ食べる。
旅の中半分過ぎたところで、名物の信州味噌ラーメンを食べる機会すらなかったことに気付いた。というわけで、早起し野生の猿が温泉に気持ちよく浸かっている様子を横目に、足元を凍らせながら向かった先は、ラーメン屋。二人の胃袋は、満場一致でラーメンを熱望していた。
△味噌ラーメン一信
信州味噌は、日本の三大味噌の一つだ。 濃厚な北海道味噌に比べ、信州味噌はやや優しい。 迷わず名物のチャーシュー麺を注文し、補欠のバターもすかさず追加。麺が届くやいなや、ウマイ!の一言に尽き、無言で平げた。やはり、ラーメンも冬の食べ物だ。
時折、道中ですれ違う小さなお店達は、旅の途中のリトルサプライズだ。
アイスクリーム好きの私は、凍えるような寒さでもアイスを食べずにはいられない。 白樺湖から軽井沢に向かう途中で、真っ白な雪化粧の山々を背景に、乳牛の看板が目立つ牧場の売店に立ち寄った。
△冬一番のアイスクリーム@牛乳専科もうもう
最初の一口目で思わず咆哮。冬季のアイスクリームはある意味ベスト。やはり、雪がある寒冷地にはアイスクリームが似合って美味しい。
そして、道の駅の物産直販店には常に、いい出会いがある。志賀高原ではこんなに沢山のりんごがたったの250円。旅行が終わっても食べきれなかった。
△すごく甘いりんごが破格@道の駅北信州やまのうち
もちろん、お酒も飲んだ。
△アメリカンポテト
松本市で名物の地酒が飲みたく、ネットで調べていたが、結局、寒いので予定を全部覆し、ホテルから目と鼻の先にあるクラフトビールのお店に駆け込んだ。クラフトビールとアメリカンポテトを堪能し、王冠コレクションの話で盛り上がっている様子を見た優しい店員がレアな王冠を大量に持ってきてくれた。
△種類豊富なクラフトビール
そして、長野市に到着する前夜、予約の手違いで何も無い荒野のホテルに泊まることになった。クーポンを使い切るためにコンビニへ行き、おでんとビールを買い、長野産のワインが無いので妥協案でフランス産のワインを買い、部屋に戻り、映画を鑑賞した。
△コンビニのお酒も悪く無い
長野市では、明治25年に建てられた日本最古の映画館で「教授と狂人」を観た。聖地巡礼を楽しむかのように心は高揚し、年代物の映画館が世界に夢中になった。
△長野松竹相生座・長野ロキシー1・2
※国内最大級の映画館
映画館をの帰り際、ふと、ジャズバーのショーケースに最後の一つとして残されていたチョコレートケーキの誘惑に負け、入店。
△最後のチョコレートケーキ
ケーキは普通で、ギネス炭酸が抜けていた。そんな苦い記憶も、生演奏が始まり、私の好きな「Tenderly」を聴いた瞬間どうでもいいと感じた。グルーヴにノリ、頭を揺らせ味わえば、悪くない。
松本での最終夜、明治創業の馬刺しが有名な老舗へ行った。彼は熊本人。信州の馬も、試してみたかったのだろう。
さすが専門店だけあって、部位の豊富さは想像以上だ。首の脂身から心臓血管の部位まで、食べた経験が無いだけではなく、刺身にしようとも思ったすらない部位もある。一番のお気に入りは霜降りだ。小葱と生姜を包み、醤油を軽く撫で、パクリ。新鮮な馬脂の甘味が口の中で爆発した。
△馬刺し老舗@馬肉バル新三よし
正直、福岡で甘えた舌を持って挑んだ長野の食べ物は、「ソースかつ丼」や「山贼焼」など、いつも衝撃が少ない。もちろん美味しく無い訳では無いが、「地元の食材で王道なメニューを作りご当地グルメとした」感が否めない。
△ソースカツ丼@明治亭長野駅店
△山賊焼き@からあげセンターMIDORI長野店
本当に印象に残る食べ物は、
思いがけず出会った食べ物だと思う。
例えば、長野市から松本市への道中、信州新町という小さな集落を通過しようとしていると、至る所に、「ジンギスカン」の看板があった。私はうたた寝をしており、気付けば店内に座っていた。
△昔ながらのジンギスカン@ろうかく壮
彼が衝動的に引き寄せられていた。午後4時半、二人で優雅なアフタヌーンティーを嗜むことにした。
△ジンギスカン
△ビールとメニュー
外は雪が降り始め、電気ストーブのそばでビールを嗜み、ラム肉を頬張ると、とっさに中国の漢詩を思い出した。
「綠螘新醅酒,紅泥小火壚。晩來天欲雪,能飮一杯無。」
△店の外の景色
暖炉は赤土ではなく、酒は新酒では無い。子羊肉は内モンゴルに比べると劣る。しかし、この景色、酒、肉があり、目の前の彼が子犬のような目で、真剣に私が説明を聴いている。本当は卓を叩き、口笛を吹いて、心の喜びを表現したいと思った次第である。
△至高の一枚
結論、このジンギスカンが今回の旅の中でベストフーディスト賞に輝いた。
旅が終わり、荷物をまとめて帰りの支度をした。バスを待つ間、駅でアップルパイを探していたが空振り。店頭に掲げある美味しそうなアイスクリームパフェは午後からしか食べられないということで断念。
彼は「家に帰ったらアップルパイを作ろう。大晦日の最後の夕飯はうなぎだ。」と言い、その言葉で、すぐさま福岡へ帰るべきだと諦めがついた。
家では観葉植物達が私たちの帰りを待っている。冷蔵庫も空腹のはずだ。