稲美町兄弟放火殺害事件公判傍聴記・2024年12月17日(被告人:松尾留与)
2024年12月17日
大阪高裁第一刑事部
201号法廷
事件番号:令和6年(う)第428号
罪名:現住建造物等放火、殺人
被告人:松尾留与
裁判長:伊藤寿
裁判官:坂口裕俊
裁判官:松井修
書記官:平松壮樹
2021年、松尾留与被告人が、稲美町の自宅に放火し、甥二人を殺害した事件である。事件の実相は、報道とはずいぶんと異なっていた。松尾被告人は、甥の両親である妹夫婦から、張り紙で行動を制限される、監視カメラで監視される、話しかけても無視される、わざとTVを見れないようにされる、といった仕打ちを受けていた。少なくとも殺された上の甥は、夫婦のこうした仕打ちにある程度加わっていたようだ。また、妹夫婦は松尾被告人の家族とトラブルを起こし、家から出るようにしむけていった。加えて、松尾被告人やその家族には、知的障害があった。このような事情を考慮され、松尾被告人には、死刑求刑に対し懲役30年という異例の判決が下された。しかし、マスコミは犯行の事情についてろくに触れず、厳罰を煽るかのような報道に終始した。
13時50分の締め切りまでに、73枚の傍聴券に対し、40名しか並ばなかった。並んでから事件内容を調べている女子高生三人組や、本件が強盗放火殺人である、と間違ったことを述べている傍聴希望者もいた。誰もが、事件内容を知って並んでいるわけではないのか。14時10分に、傍聴人の入廷が許される。
記者席は14席指定されており、すべて埋まる。
関係者席は、検察側に二席、中央の列に四席指定されている。検察側には誰も座らなかったが、中央の列の席には、痩せた老女、禿げ上がった老人、中年女性が座った。
弁護人は、二人ついていた。一人は、京アニ事件、紀州のドンファン事件、足立朱美による連続殺人事件の弁護人としても活躍した、高山巌弁護士である。眼鏡をかけ、眉が太く、小太りであり、どこか不機嫌そうで、常に怒っているような印象である。もう一人は、眼鏡をかけた痩せた40代ぐらいの男性である。開廷前、二人で何か話し合っていた。
書記官は、眼鏡をかけた痩せた中年男性。
検察官は、二名であった。眼鏡をかけた柔らかい髪、サラリーマン風の4~50代の男性。もう一人は、眼鏡をかけ、七三分けの、鼻の尖ったぎょろっとした目の中年男性。二人とも中肉である。
裁判長は、七三分けの、四角い顔の温厚そうな、言葉遣いの丁寧な中年男性であった。裁判官は、髪の後退した、眼鏡をかけた白マスクの中年男性。もう一人は、髪の後退した、七三分けにした白髪交じりの髪の、眼鏡をかけた黒マスクの中年男性であった。
開廷前、ビデオカメラによる二分間の撮影が行われた。
衝立が、撮影終了後に入ってきて、検察官の横を遮る。検察側は、ほとんど見えなくなる。その後ろに、被害者遺族がいるのだろう。
そして、参加代理人の弁護人らしき中年男性と、被害者遺族、父親のMが検察官の隣に座る。
14時30分、松尾留与被告人の控訴審初公判は開廷した。
開廷時間になっても、被告人の姿は、法廷内になかった。
裁判長『開廷します。被告人、来ないと。弁論を行います。検察官、述べてください』
被告人は、出廷しないようだ。近年、死刑求刑事件の控訴審は、被告人の姿がない法廷が、増えているように思える。喜納省吾被告人も、足立朱美受刑者も、控訴審では出廷しなかったらしい。高山弁護士の法廷戦術の一環なのだろうか。
まず、検察官が、冒頭の弁論を行う。
<検察官の弁論>
詳細は、控訴趣意書のとおり。量刑不当。懲役30年を言い渡したが、著しく不当。極刑免れない。
主に、一審誤っている点、要旨を述べる。
本件の罪質、評価誤り。被告人は、自己の恨みを晴らすための手段として、関係のない二名を殺した。妹夫婦の子供を殺害する、別個独立の生命を殺害し、極めて悪質。悲嘆にくれる妹夫婦の顔を見たいと思う一方で、被害者らが炎にまかれる苦痛を考えず、A、Bを一個の生命として尊重する姿勢に欠ける。一審、十分な評価をしていない。
計画性の高さ、評価誤り。
犯行の残虐性についての評価、態様、家屋の二階で寝ている被害者の逃げ道をふさぎ、火をつけて殺害した。すさまじい絶望感にさらし、死に至らしめた。残虐な事明らか。
被害者が目の前にいない、自ら手を下していないことから、残虐性高くないとしている。これが誤りであるのは明らかである。
放火という態様、刃物を用いた例と比較して、残虐性低いとは言えない。
動機について。50P以下、罪質について。本件は、妹夫婦への恨み、憎しみから殺害し、動機については大切なもの奪い苦しみを解らせたいと。しかし、妹夫婦を苦しめたいという嗜虐的な点、言及していない。被告人を被害者的立場と認定している。
犯行に至る経緯、妹夫婦の行動の問題点、不当に大きく評価している。
妹夫婦の行動、やむを得ない、無理からぬ点があったことを、十分に評価していない。問題点あったとしても、それは妹夫婦の落ち度として評価し、被害者二人の落ち度とは評価できない。
被害者二人を殺害する意思決定への非難を弱めることはない。
53P以下、被告人の軽度の知的障害、故意責任の原則に反する不当なもの。知的障害軽く、影響は軽度である。微調整する程度のもの。無期懲役選択を十分に考慮しながら、有期刑とした。軽度知的障害を過大評価している。
一般情状。本件では、犯行後の事情、公判での終盤での言から、後悔の念皆無とは言えない、としている。しかし、親が悲しんでいないから子二人無駄死に、かわいそうに思う、と不合理な独善的な弁を述べる。
遺族の処罰感情厳しいことは、控訴趣意書のとおり。
同種事案との比較、61P以下。結論、殺人死者二名で死刑となり確定した事案。責任非難の程度は、本件と同等のもの、多くある。同種事案と比較して、死刑判決下されている。
控訴趣意書の、無期懲役となった事件との比較。趣意書80P小括、殺人死者二名で無期懲役を言い渡されて確定した事案と比較し、本件の方が責任非難重い。量刑傾向逸脱している。
趣旨書81P、死者二名で懲役30年を言い渡されたもの、本件の方が責任非難の程度が重い。逸脱した、不合理なもの。
以上、89P、結語。量刑評価の基礎を誤り、量刑誤りである。恨みを晴らすため、関係ない子供二人を手段として殺害し、死刑選択すべき事案。前科ないが、犯行後の情状は悪い。死刑回避すべきものではない。懲役30年に処した原審、著しく軽く、破棄は免れない。
監視カメラを使う、張り紙で行動を制限する、といった仕打ちへのやむを得ない事情は、あまり思いつかない。また、少なくとも殺害された上の甥は、両親の仕打ちに参加しており、小学生の被害者に落ち度があったとまで言えるかはともかく、無関係な第三者を殺害した事案とは同一視できないのではないか。
裁判長「続いて、弁護人の答弁を」
高山弁護士「答弁書のとおり。内容を、口頭で述べます」
痩せた弁護人が、証言台の前に立ち、答弁書を朗読する。
<弁護人の答弁>
三名の裁判官と六名の裁判員が下した懲役30年、何ら誤ったものではない。控訴棄却されるべき。
最大の誤り、二人を殺したのは、無差別殺人に類するというもの。松尾家は、二つのグループに分かれていました。妹一課と、それ以外の人たち。留与さんは、それ以外の人たちのグループでした。生活ぶりは、答弁書で詳細に述べている。子供たちの、一家以外の人たちへの態度は、妹夫婦と無関係とは言えない。
確かに、二人が亡くなったのは重大です。
杜撰とは言え、一定の計画性があり、軽くは見れない。しかし、緻密なものとは言えない。実行までにためらったり、逡巡していた留与さんの態度を見れば、計画性の高さは認められない。
殺害方法が残虐と、検察官は主張する。しかし、遺体の状況含めて言っており、評価の対象を誤っている。
留与さんに憐憫の情を感じさせること、いくつもあった。動機形成まで、相当酌量の余地ある。
軽度の知的障害、動機形成に影響あり。犯情事実ととらえるべき。
懲役30年に、誤りありません。
原判決は、裁判官三人、裁判員六人が慎重に議論して出した結論です。行われた犯罪の客観的重さに対し、刑を決めるというのでなく、意思決定への非難、刑の分量を決めることと言われます。
無期懲役もありうるが、意思決定への非難検討すれば、その程度としては、留与さんは懲役30年にふさわしい。そう考え、判決を下している。
裁判員が関与している事、すなわち、健全な市民の意思決定が反映されている。
有期懲役と無期懲役、大きな違いがある。有期懲役は、いずれは社会に戻る前提。無期懲役にはそういう前提はない。
裁判員は、戻ってくる社会の一員の人から選ばれる。戻ってくること、認めている。健全な常識、社会でも認めており、この重み、尊重されるべき。
法令から見ても、原審、不当性はありません。
検察官は、判決から比べている。弁護人も目を通した。37件の事案と比較し、本件の方が重くてしかるべきというもの、一つもない。何ら公平性に疑問を抱かせる点はない。
裁判員裁判の量刑の在り方、平成26年最高裁判決の言っていることは、量刑傾向出発点にして、当該判断にふさわしいもの、判断すると。決して、拘束されねばならないとは言っていない。本件の方が重いとしても、量刑傾向読み取れるとしても、その量刑傾向にがちがちに縛られるものではない。議論の出発点にして、結論出すこと求められている。本件、そうした評議実現して、本件判決下された。
原判決、どこにも誤りなく、控訴、速やかに棄却されねばなりません。
以上。
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