狂ったハンドパンとブンブク茶釜の話 第三話
例の動画を繰り返し120回ほど見て、すっかりハンドパンとか言う怪しげな楽器に魅了された私は、すぐに行動を起こした。
実は普段から私は、何か面白そうだと思った事は、すぐにやってみる方である。何事も最初の熱量が多いうちに始めないと、結局冷めてしまってやらないからだ。
今まではそのやり方で結構上手くいってきたのだ。
だが、今回ばかりは裏目に出ることになる。
後になって分かるのだが、脳の九割をハンドパンの魅力にやられていた私は、初めてハンドパンを買う時に最もしてはならないと言われている方法を選択してしまうのだ。
そう、メルカリでハンドパンを探してみたのである。
今まで何度となくメルカリで良い品物を格安で手に入れてきて、すっかり味を占めた私は、
「この奇妙な楽器も、俺が本気で探せば格安で良品を購入できるに決まっている」
となぜか自信満々である。
「メルカリにもハンドパンって結構出てるんだな、よしよし」
ウキウキと気持ちを昂らせつつ画面を下へスクロールしていく。
気分はすでに地下鉄のホームで、見えない速さでハンドパンを叩きまくっている。
そのうち私の目はあるハンドパンに釘付けになった。
『最高級ステンレス鋼使用 新品ハンドパン
職人が一つひとつ手作り!
チューニングが正確!
メンテナンス用品など9点セット
即日発送
送料込み39800円』
…見つけた。これだ!これさえ買えば大丈夫!
相場はよく分からないが、新品でこの価格なら納得だ。
さすが俺、もう見つけたなどと調子に乗った私は、他の人に先に買われては大変と、慌てて購入ボタンを押した。
さして待つ程もなく、数日後に巨大な箱が到着した。
焦る気持ちを抑えて、厳重な梱包を開ける。
すぐに真鍮のような黄金色に輝くあの物体が出てきた。人生で初めて見るハンドパンは、意外なほど大きく、ずっしりと重い。
膝の上に乗せて、おそるおそる指先で叩いてみる。
「??? あんまり鳴らないな。叩き方が違うのかな?」
何しろ一度も他のハンドパンを見たことがないので、これが正しい鳴り方なのかどうか、ちっとも分からない。
それでもしばらく試行錯誤しながら、あちこち叩いているうちに何となく、そこそこの音で鳴るようになった気がする。
嬉しくなった私は、感謝の言葉を添えてメルカリの取り引きを終了した。
だが嬉しさはそこまでだった。
翌日、少し冷静になった私は、ある違和感に気付く。
「音が、ちょっと低いんじゃないか?」
正確に言うと、楽器の中央部にある、最も低音が鳴る凸型の部分(dingと言うらしい)のチューニングが、周りにある他の音と比べて、わずかに低い方に狂っているのだ。
昨日は初めてのハンドパンに興奮していて分からなかったが、慎重に叩いてみると…やはりこいつは狂っている!
ギターを長くやってきたので、わずかな音程の違いがどうしても気になってしまうのだ。
ハンドパンが初めて経験する楽器という人だったら、もしかしたら気にならないのかも知れない。だが私にはどうしても受け入れ難かった。他の音と同時に鳴らすと微妙に気持ち悪いのだ。
青くなった私は慌ててネットで調べてみた。すると、ハンドパンのチューニングはその構造上、至難の業で、簡単に直るものではない事が分かった。
それによく聴いてみると、他の音も動画のようなポワンという良い音では無い気がする。
何というか金属的なピン、ペンという感じの、響かない音なのだ。
…ここに至って私は、初めてのハンドパンの購入に見事に失敗したことを悟った。
やられた…全くタヌキに化かされた気分だ。
…かくして私の家の物置きには、何の役にも立たない金色の巨大なブンブク茶釜が居座ることになるのである。