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【お客様となった研修医】医師の働き方改革で現場の教育はどうなっているのか
「やってきましたよ、今年のお客様が。」
医療ドラマ『まどか26歳、研修医やってます!』は、“研修医=お客様”という構図で展開されている作品である。
令和の働き方改革の潮流を背景に、新しい病院の運営スタイルがまざまざと描かれている。
ドラマの中では、研修医は「9時から17時までの定時勤務」や「差し入れにお菓子をもらえる」といった特別待遇を受けていたのが印象的だった。
自分は現在、救急医と整形外科という外科系の仕事を兼務しながら、日々の現場に立ち続けている。
実際の病院では、ドラマほど研修医が“お客様”扱いされることはさすがにないものの、近年の働き方改革の中で「ドラマの中のような変化の一端」を感じる場面が増えているのも事実である。
自分の研修医時代を振り返りつつ、
「この働き方改革によって研修医の学びはどのように変わるのか」
「指導者として大切にすべきことは何か」
を改めて考えさせられた。
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主人公は26歳の研修医・まどかである。彼女は「医師としての人生を謳歌したい」と願いながらも、慣れない医療現場に戸惑いつつ一歩ずつ前進している。
かつてのドラマで描かれる研修医は、深夜帯の勤務や連日のオンコールなどに追われて疲弊しているイメージが強かったのではないだろうか。
ところが、このドラマでは“お客様扱い”と揶揄されるほど、労働時間が厳密に管理され、休息やプライベートが重視されている。
以前は“過酷な修業”が当たり前だったが、医師不足や病院間の競争の激化に伴い、研修医の獲得自体が病院にとっての課題となっている。
ちなみにこのドラマでは触れられていないが、病院にとって研修医を教育する臨床研修病院であることは、病院の収益にも直結する。
なぜなら、以下のような臨床研修病院入院診療加算と呼ばれる加算が診療報酬には規定されているからだ。
A204-2 臨床研修病院入院診療加算(入院初日)
1 基幹型
40点
2 協力型
20点
注 医師法(昭和23年法律第201号)第16条の2第1項に規定する都道府県知事の指定 する病院であって、別に厚生労働大臣が定める施設基準を満たす保険医療機関に入院している患者(第1節の入院基本料(特別入院基本料等を除く。)、第3節の特 定入院料又は第4節の短期滞在手術等基本料のうち、臨床研修病院入院診療加算を算定できるものを現に算定している患者に限る。)について、当該基準に係る区分に従い、現に臨床研修を実施している期間について、入院初日に限り所定点数に加算する。
通知
(1) 臨床研修病院入院診療加算は、研修医が、当該保険医療機関の研修プログラムに位置づけられた臨床研修病院及び臨床研修協力施設において、実際に臨床研修を実施している場合に、入院初日に限り算定できる。
(2) (1)において研修を実施している場合とは、基幹型臨床研修病院においては実際に研修医が研修を実施している期間及び研修医が協力型臨床研修病院又は協力施設において研修を実施している期間、協力型臨床研修病院においては実際に研修医が研修を実施している期間のことをいう。
(3) 研修医の診療録の記載に係る指導及び確認は、速やかに行うこととし、診療録には指導の内容が分かるように指導医自らが記載を行い、署名をすること。
端的に言うと研修医を教育している病院に、加算点数を与える制度ということだ。
この加算は、医師法第16条の2第1項に基づき都道府県知事が指定する病院であって、厚生労働大臣が定める施設基準を満たす保険医療機関に入院した患者(入院初日に限る)について、基幹型病院では40点、協力型病院では20点を所定点数に加算できる制度である。
ただし、当該病院や協力施設で研修医が実際に臨床研修を実施している場合にのみ算定が可能となる。病院側としては、この加算によって研修医の受け入れが多少なりとも経営上のメリットとなり、それが「研修医を獲得したい」というモチベーションに結びついている面がある。
医療界の新人教育、という重要な命題に加えて、シンプルに病院の収益に研修医教育は直結するので、どこの病院も研修医の獲得に必死になる。
その結果、「研修医にどのような待遇を用意するか」が病院の大きなテーマとして浮上したのである。
現場でも、かつてのように“厳しさ”ばかりを押しつけるのではなく、研修医との間に一定の距離を保とうとする空気を少なからず感じる。
理由として、パワハラとみなされるリスクや、月80時間を超える残業が法律で厳しく制限されていることなどが挙げられる。
かつては罵声を浴びせるような指導も珍しくなかったが、今では「上司の指導方法に問題がある」と糾弾される恐れがあるため、遠慮や配慮が前面に出るのが実情である。
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ドラマにおいて、その“お客様待遇”を受ける研修医たちの複雑な心境が描かれる場面が印象的である。たとえば、「9時から17時で勤務を終えられるのはありがたいが、自分達は本当に成長できるのか」という葛藤がある。
まどかも同期の仲間たちと語り合うシーンにおいて、「勤務時間が区切られていて体力面では優しいが、将来目指す医師になるための“修業”にならないのではないか」と不安が見え隠れした。
医療は日々進歩しており、新しい治療法や技術を学ぶ機会を逃すと取り返しにくい世界である。しかし、働き方改革が進んだ制度のもとでは、シフト外で病院での研鑽を積みにくい現実がある。
さらに、若いうちに集中して学ぶ機会は非常に重要であるが、その貴重な経験を逃すことにもなりかねない。
興味深い手術や希少な症例に巡り合っても、勤務日でなければ参加が難しいというジレンマは、周囲の若手医師からもよく聞こえてくる。
自分自身、ここ数年は救急医として勤務している中で、研修医が特殊な手術症例に出会っても「本日は病院に決められた代休なので参加できない」と断念する姿を何度か見てきた。
研修医だった頃の自分は、興味あるオペがあれば「翌日は勤務明けだけれど、この機会を逃したくないので病院に残る」といった具合に、自発的に学びの場を求めていたものである。
もちろん、体調を損ねるリスクもあるため、一概に良いやり方だったとは言えない。しかし、今の研修医はシフト管理や労働基準を踏まえたうえで、そうした“無理”をしにくい環境下にある。
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また、「もっと厳しく指摘してほしい」「本音で駄目出ししてほしい」という要望さえ聞こえてくる。安全管理やハラスメント対策が最重視される一方で、指導者が十分に叱りづらい構造となっているのである。そこに「もっと鍛えてほしい」と望む研修医たちが存在することから、微妙なすれ違いが生じているわけだ。
ドラマの中でも、ベテラン医師が「ガツンと叱れば悪者扱いの不人気医師になる」と漏らす場面がある。
一方で、まどかたち研修医は「欠点を指摘してもらわないと自分の弱点を把握できないし、甘く扱われてばかりだと本番で大きくつまずきそうだ」と感じている。
働き方改革で研修時間が限られる時代だからこそ、その時間内でどう力を伸ばすかが重要である。条件が限られていても、学びを得る手段は必ずある。
自分が大切だと思うのは、研修医が「与えられた時間をどう使うか」を主体的に考えることである。
先日も、夜間の救急搬送に立ち会った研修医が、翌日が代休で手術に参加できず落胆していた。しかし翌々日の当直で「オペは見られなかったが、手術記録と術後の経過を確認したので、先生の考えを教えてもらえますか」と積極的に声をかけてきたのである。
そこまで本気であれば、指導者も真剣に向き合わざるを得ない。自分も時間を取り、じっくりフィードバックを行った。互いに遠慮ばかりしているのではなく、研修医が積極的にアプローチしてくれれば、指導者も応えたくなるものだ。
指導する側としてもう一つ強く感じるのは、「自分たちの頃の常識が、いまも最適とは限らない」という点である。医学の知見は常に更新され、教育ツールもオンライン化が進んでいる。
例えば、私達の世代では紙媒体で医師国家試験の勉強をすることも珍しくなかったが、最近はiPadをはじめとする電子媒体で学ぶのが圧倒的にメジャーである。
ゆえに、「この教え方は古いのではないか」という疑問を抱きながらも、対話を通して互いの認識をすり合わせる必要がある。
だが、自分たちが指導したきっかけとして、若手が「先生の方針は2023年版のガイドラインと違うようです」と指摘してくれれば、指導医としても新しい情報を学ぶ機会となる。そこにこそ真の学びがあるのではないか。
自分もその姿勢に共感し、上級医として「忙しいから」「決まりごとが多いから」と及び腰にならず、若手の“叱られたい”合図をしっかり受け止める責任を再認識した。
働き方改革はこれからも継続していくが、その中でも研修医と指導医が互いに熱意をぶつけ合えば、成長の可能性は必ず残されていると信じている。
ドラマ『まどか26歳、研修医やってます!』は、時代の転換期を鮮やかに描き出した作品である。
“お客様待遇”という刺激的な言葉の裏側には、研修医を真剣に育てたい病院の思惑と、制度上のやむを得ない事情とが混在している。
結局、時間や制度に制約があっても、研修医が「学びたい」という意志を示し続け、先輩や指導医がそれに応える関係が理想なのではないか。
自分も、彼らからの呼びかけに応じるつもりで指導している。
令和の「研修医はお客様」現象は、一見甘いようにも見えるが、その背景には医師不足や厳密化する労働基準法の影響があり、病院も研修医たちも試行錯誤を続けているのである。
最終的に医師としての腕を磨くのは、自身の努力と指導者との“本気のぶつかり合い”にほかならない。
限られた勤務時間の中でも、互いに敬意を払いながら学び合う関係を築くこと――それこそが令和の医療現場においても、変わらぬ本質だと感じている。
イラスト:角野ふち
最後まで記事を読んでいただき本当にありがとうございます。
今後も医師、医療の視点から日々感じたことを心を込めて綴ります。
皆さんの毎日に彩りをもらたしたり、何か日常や生活について考えるきっかけになる記事を作って参りますので、もしよければスキ、フォローいただけると嬉しいです。犬のように懐いて喜びます。
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