鉄平が人生をかけて残したものは何だったのか? ー「ねっこ」は時代を超えて
私が「海に眠るダイヤモンド」というドラマに興味を持ったきっかけは、脚本家と監督が、私がこれまでに夢中になってきた『アンナチュラル』や『MIU404』と同じメンバーだったからだ。これらの作品は、現代社会の抱える問題や人間関係の機微を、エンターテインメントとしてスピード感をもって描き出す点が大きな魅力だと思っている。
だからこそ、今回も始まる前から「いったいどんな物語が展開されるのだろう」と期待を膨らませていた。
ところが実際に視聴を始めてみると、『海に眠るダイヤモンド』は、私がこれまでの脚本でイメージしていた“都会的でテンポの速い現代ドラマ”とは少し趣が違っていた。舞台は軍艦島として知られる端島。昭和の高度経済成長を支えた炭鉱の島であり、令和の今は廃墟のような姿をとどめる。昭和と令和、古いものと新しいもの――いわば正反対にある価値観が絶えず行き来している世界観に、不思議な魅力を感じずにはいられなかった。
私が何より惹かれたのは、このドラマの核、そして主題歌のタイトルでも表現されている“ねっこ”というイメージだ。主題歌の歌詞のフレーズにも「黙々とねっこ伸ばしてあなたに見つかるのを待つの」という印象的な言葉があるように、作品には屋上の緑地化計画や、現代の端島が緑に生い茂る様子など、「根を張る」イメージが何度も登場する。
とくに、端島で暮らす人々は皆が家族のように支え合っているという考え方が象徴的で、「端島一家」という言葉で表される彼らの精神性が、時代も血筋も超えて現代パートに登場する玲央へ受け継がれていく。
この“ねっこ”は他者を大事に思い、血縁にとらわれず一人ひとりを家族のように迎え入れるという姿勢を指しているように思う。さて、軍艦島こと端島は、実際に長崎からフェリーで訪問することができる観光スポットでもある。昨年に一度フェリーで外周を観光したことがあるのだが、そこには“かつてたくさんの人が暮らしていた”という面影を想像するには、あまりに荒涼とした空気が漂っていた。
海からの強い風はときに潮の香りを運んできたが、同時に砂埃やコンクリートの破片のにおいまで混じり合い、どこか埃っぽく、寂しさを伴う。ガイドさんの明るいトーンの解説がフェリーの中には響いていたものの、それ以上に感じたのは「ここにはもう誰も住むことがない」という切なさだった。
それがドラマの中では、かつて何千人もの炭鉱夫や家族が暮らし、学校や食堂、商店街に子どもたちの笑い声があふれていた島として生き生きと描かれている。
このギャップは、私の中で大きなインパクトを残した。劇中の鉄平や朝子、そして島の人々が見せる人間模様は、今では廃墟となった軍艦島にも、かつて確かに“根を張るように生きる人間のドラマ”が息づいていたことを強く示している。ドラマを観ながら、荒れ果てたコンクリートの残骸の下に、人々の思い出や願いが埋まっているような感覚を覚えた。
鉄平は常に「端島は一家なんだ」という強い信念を持ち、誰もが自分にとって大切な家族なのだと語る。私自身、医師として働くなかで多くの患者さんやスタッフと関わるが、すべての患者さんに対して、“家族”と思えるほど仁を尽くせているかというと、どうも自信がない。
鉄平の「みんなを家族のように思う」という姿勢は、救急の現場でもときどき見失ってしまう“人を大事に扱う”基本を思い出させてくれる。
彼の「気が長い」というセリフ――朝子に「オレは気が長い。」と言って想いを伝えたシーンはとりわけ印象深い。あのときから最終回まで、一貫して鉄平も、そして親友の賢将も“時の流れに賭ける”というかたちで想いを紡いでいるのだ。それは諦めとは違う、「いつかきっと花開く」と信じ続ける人生哲学のようにも感じる。
私も、「気が長い」鉄平の姿勢を少しだけ真似してみようと思っている。患者さんとのやり取りには即時の対応も必要だが、長い目で見れば「一度言えばすぐに伝わる」とは限らない。何度も同じ説明をしなければならなかったり、寄り添い方に悩んだりすることは多い。それは、救急医として日々働く中でも痛感することも少なくないのだ。
それでも「いつかきっと届く」と信じて続けることで、人間関係を深めることができるのだろうと確信できるようになった。
そのモチベーションは、まさに鉄平が示してくれた「根気強さ」であり、「家族を思う優しさ」でもある。『海に眠るダイヤモンド』の“ダイヤモンド”は、石炭の隠喩であり、その本質は「時代を超えて残る化石のような人の想い」なのだと私は思う。目には見えない想いが、何十年も時を超え、朝子や玲央を含めた、さまざまな人の中で形を変えながら輝き続ける。
時代が移り変わっても、端島一家のように人を大切に思う“ねっこ”があれば、いつか必ず花開く瞬間はやってくる――私はそう信じながら、今日も自分の周りにいてくれる人たちや、病院で出会う患者さんにそっと手を差し伸べてみようと思う。
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