[読書ノート]ルーズな文化とタイトな文化:なぜ彼らと私たちはこれほど違うのか
「GIVE AND TAKE」(R)などでおなじみのアダムグラント先生などが推薦していたミシェル・ゲルファンド著、「タイトな文化とルーズな文化」(R)を読みました。
その大元となったGelfand et.al(2011)(R)なども併せて読んだので、それらで学んだことを備忘がてら書きます。
文化はルーズとタイトに分かれる
この本の軸となっているのが文化はルーズな文化とタイトな文化に分かれるということです。このルーズな文化とタイトな文化の分類は、「あなたの周りには従うべき社会規範があるのか?」、「状況に応じてすべき行動が規定されているか?」などの質問を行う調査によって明らかにされました。タイトな文化、ルーズな文化のそれぞれの特徴は以下のもの。
・タイトな文化:社会規範が厳格に定められており、規律や協調性を重んじる文化。
・ルーズな文化:社会規範が流動的で、自由や個性を重んじる文化。
書籍内やGelfand et.al(2011)(R)ではこれらの度合いの比較を33か国で行っています(表1)。表1の一番右の列のTightnessの数値が高いほど、タイトな文化の要素が高く、低いほどルーズな文化の要素が高い国ということになります。
ちなみに、日本は韓国、中国などと同じで国々は平均値よりも大きく、タイトな文化に分類されると思います。校則の厳しさとか、遅れない公共交通機関などからも想像されますよね。
もちろん、国の中でもタイトな文化とルーズな文化は分かれるようで、例えば、アメリカでは南部の州は比較的タイトな文化をもち、カリフォルニアなどの西海岸の州では比較的ルーズな文化を持つといったように一つの地域、国の中でもその中で文化は分散するそう(e.g. Harrington and Gelfand, 2014 (R))。
また文化のタイトさ、ルーズさは、状況などによっても変化することが挙げられ、例えば、会社の面接などの短期的なフォーマルな場面では、どの国、地域でもタイトな文化を持つけれど、普段の生活といった日常の場面では分散するといったように、状況に応じても文化のタイトさは変化してくるとか。そして、同時多発テロなどの危機的な状況を感じると、より文化のタイトさが増すとのことで、文化のタイトさ、ルーズさは平均的には語ることができるが、それらは場所や状況に応じて、変化することも踏まえておかないといけないということですね。
本書は、この分類を軸に、個人間、組織間、国際間で起きる、世の中のあらゆる現象が説明できるという主張です。
タイトな文化とルーズな文化のメリット・デメリット
もちろん、タイトな文化、ルーズな文化、それぞれにメリット・デメリットはあるようです。それらはある種トレードオフ的であると言えます。
・タイトな文化のメリット:社会秩序(: 規律、社会規範の強さによる低犯罪率、公衆衛生の度合いの高さなど)、誠実性(: 計画的に行動できる人が多い)
・ルーズな文化のメリット:寛容性(: 異文化や他人と違う人への寛容性が高い)、創造性(: 新しいアイデア、斬新なアイデアを持っている人が多い)
・タイトな文化のデメリット:狭量(: 異端なものへの拒絶反応が強く差別的)、因襲性(: 環境の変化や新しいものが苦手)
・ルーズな文化のデメリット: 社会無秩序(:規律を失いやすい、犯罪が起こりやすい)、協調性の欠如(:組織的、集団的に行動することが苦手)、衝動性(衝動抑制が聞きづらく、生活習慣病などの発症リスクが高い)
という感じで、タイトな文化とルーズな文化どちらが良いというわけでもなく、アイデアを生み出すためには、ルーズさが必要だけど、それを実現するためには、タイトさがいるというように、それぞれがメリットとデメリットが相補的なので、両方兼ね備えている方が良いそうです。
タイトな文化とルーズな文化が分かれる要因
次に、タイトな文化とルーズな文化が分かれる要因についてですが、本書やGelfand et.al(2011)(R)では、以下のような要因が挙げられています。
・人口密度の高さ:歴史的に人口密度の高い国はそうでない地域と比較して、タイトな文化になりやすい。
・食糧危機:歴史的に食料の供給量が少ない地域はそうでない地域と比較して文化がタイトになりやすい。
・紛争:歴史的に紛争を経験した地域はそうでない地域と比較して文化がタイトになりやすい。
・災害:歴史的に大きな災害を経験した地域はそうでない地域と比較して文化がタイトになりやすい。
・病気: 歴史的に感染症などの流行を経験した経験した地域はそうでない地域と比較して文化がタイトになりやすい。
これらを見ると、歴史的によりタイトな文化が求められるような地域でタイトな文化が発達し、それに見舞われなかった地域は文化的にルーズでも構わなかったという感じでしょうか。いずれにせよ、文化の分散は環境規定的(危機的な環境がタイトな文化を生む)であるということが示唆されます。
先にも述べましたが、環境規定的な文化は第二次世界大戦や同時多発テロといった危機的な状況がある時に文化は一時的にタイトにもなるし、極端にタイトな文化(排外主義的)を推進しようとする政治家はこの性質を利用して、危機の存在をアピールしようとします。
タイトな文化とルーズな文化によって説明できる世の中のこと
本書で挙げられていた例をもとにタイトな文化とルーズな文化によって説明できることの一部は以下の通り。
・政治対立:アメリカの共和党支持、民主党支持を見ると、タイトな文化の州ほど共和党(保守)を推進する傾向がある。
・教育問題:タイトな文化で育ってきた人々(ブルーカラー家庭、タイトな文化を持つ地域の出身者)などは、大学教育、環境(概して比較的ルーズな文化を持つ教育機関)になじみにくい。
・差別:タイトな文化を持つ地域、組織は同一性、同調性などを重視する傾向があり、雇用の多様性、同性婚、外国人、移民などへ後ろ向きである。
・イノベーション:ルーズな文化を持つ地域では、イノベーションや新しいアイデアが生まれやすい。
・犯罪、社会秩序:タイトな文化を持つ地域では、犯罪率が低く、公共交通機関、会社などの組織における時間厳守の傾向が高い。
タイトな文化とルーズな文化の違いによって、以上のような近年の、分断や対立、社会課題として取り上げられるようなような事象が説明できるというのが本書の主張、核であります。
タイトな文化とルーズな文化のあるべき姿
先にもあげた通り、タイトな文化とルーズな文化はそのメリットとデメリットが補完的であるため、両方を持ち合わせていた方が良いというのが本書の主張であります。
本書で主張されているのは、多くのwell-beingを表す、アウトカム指標(幸福度の高さ、自殺率の低さ、糖尿病発症率の低さ)と文化のタイトさの関係は二次曲線的であり、適度なルーズさと適度なタイトさを持ち合わせている場合が、社会としてよりよく生きられるということです。
本書の貢献、批判的な検討
本書の貢献としては、以下のものが挙げられるでしょう。
・アネクドータルな文化論ではなく、統一の定量的な調査によって規範の存在を明らかにし、その発生要因、またそこから説明できる事象を示したこと: アネクドータルに語られるような従来の文化、規範論に対して、定量的な比較調査というある程度の反証可能性を示した上で、その発生要因、またそこから説明できる事柄の関連性などを示したことによって、文化や規範というものを科学的議論の土台にのせたことの貢献は大きいと考えられます。Gelfand et.al(2021)(R)にもあるように、COVID-19のパンデミックに関する調査にも使われていたりなど、多くの重大な社会事象と文化や規範に関する議論に用いられています。
・読者に対する相対的な視点の提供:本書の副題にもあるとおり、文化のタイトさという客観的指標をもとに、人々や集団の差異を観察する、相対的な視点を読者に与えることにより、読者がそれらの文化の差異を起因とする衝突に直面した際、本書にあるような視点でその衝突を見ることにより、ある種一歩引いた視点で、建設的にそれらの衝突を見ることができるようになると考えられます。
ただ、本書へ疑問や批判を抱かなかったわけでもなく、本書への疑問点、批判点を挙げて行きます。
・どうとでも言える問題:先にも挙げていたように本書では、状況や時期、場面に応じて文化のタイトさが変化すると主張されています。しかし、一方でその文化によって世の中の多くの事象が説明できることも言われています。こう言った理論の柔軟性は、理論的帰結がその予測と異なった場合、多くのバックアップ的な説明を与えてしまい、どうとでも言える問題は発生しないのでしょうか?
・生態学的誤謬:本書では、多くの場合、社会が持つ規範と、その社会の現象(犯罪、イノベーションなど)を挙げていますが、それは個人の規範意識と個人の行動が一致していることを意味していません。つまり、社会全体的に見れば、相関が見られるけれど、個人レベルでは相関が見られないという生態学的誤謬が発生している可能性があります。
・トートロージー:『過去の自然環境の過酷さなどのタイトさを必要とされるような地域がタイトな文化を生む』、『タイトな文化はタイトな社会(規律の強い)になりがち』など、些か説明する事柄と説明される事柄の距離が近い印象を受けます。つまり、文化のタイトさ、ルーズさによって多くの事象が説明できるとは、説明される事象とそれらがある種、トートロジー(同義反復的)になっているからのように思えます。
以上、備忘もかねた読書メモ。関連文献などにも当たるほど、興味深く面白く読ませてもらいました〜
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